Keith Devlinの「Logic and information」



Keith Devlinの「Logic and information」を読んでいる。
これは情報、または情報の流れを数学的に定式化する試みである。
これまで論理学と言うと、古典的にはアリストテレス論理学があり、三段論法が有名だ。つまり、「ソクラテスは人間である、人間は皆死ぬ、故にアリストテレスは死ぬ」と言うような論法である。
その後、ブール演算のように真偽を決定できる命題に基づいた論理を数学的な演算として捉える論理学(命題論理)が発達した。
Devlinがやろうとしているのは、命題に基づいたロジックではなく、情報に基づいたロジックを数学的に定式化することである。(読んでいる途中なので、述語論理との関係はまだよく分からない。)
ロジック(論理学)は思考や推論の法則である。
「SならばSダッシュ」
Sのところに命題ではなく、情報が入る。例えば、人間(エージェント)が目で見て認識した情報や耳で聞いた言葉など。
infonは情報の断片
situationは世界の中の事象

今のところ、この辺りまで読んだ。

(20140902追記)
要するに現実の世界の情報の流れは、いきなり命題や文章ではなく、まず世界の事象とそれに対応して認識した内容があって、そこから命題や文章が組み立てられる訳で、ロジックが真の意味での思考や推論の法則を探求するものであるとすれば、そのような現実の情報の流れを数学的に定式化する必要があると言う事だ。

現実世界におけるロジック(思考・推論のプロセス)の例
1.ジョンはあるレストランに入った。
2.彼はウェイトレスの手が汚れているのを見た。
3.そのためジョンはすぐさまその店を出た。
# by ykenko1 | 2014-08-31 18:26 | 情報論 | Trackback | Comments(0)

“Quantum computation and quantum information”



Nielsen and Chuangの“Quantum computation and quantum information”は量子コンピューターの定番の教科書らしい。皆さんは、量子コンピューターについてはご存知だろうか?要するに量子力学的な作用、素粒子の相互作用そのものを利用して計算し、情報をやり取りするコンピューターである。

私は量子コンピューターは変わり者の研究者がやっている特殊な研究だとばかり考えていたがそうではないらしい。そこには現代科学と技術の必然的な課題としての研究があるようだ。そこには以下のような3つの目標がある。

1.最速のコンピューターの処理速度の追求
2.量子力学的現象のシミュレーション
3.量子暗号

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# by ykenko1 | 2014-07-25 04:15 | 情報論 | Trackback | Comments(0)

情報と意味

情報の意味とは、パターンの入力によってシステムの内部において、あるいはシステムに関係する外部において選択される領域のことである。
# by ykenko1 | 2014-05-31 10:19 | 情報論 | Trackback | Comments(0)

iPad Airの進化の方向性

iPad Airを購入した。これまでは第3世代のiPadの64GBのものを使っていたのだけれど、今回iPad Airの128GBの物を手に入れた。今回のiPadの大きな変更点は200g程度軽くなったこととCPUの高速化である。地味と言えば地味なバージョンアップではある。

しかしユーザーエクスピリエンスとして以前のものより、かなり良い。これは実際に使ってみないと分からないだろうと思う。速くなることについては想像できたけれども、軽くなることに伴う使い勝手の変化はこれほどまでに大きいものだとは思わなかった。気持ちが軽くなる。

自分自身のこれまで積み上げてきたものを見つめ直し、一度リセットしてゼロからやり直す。それは苦痛の伴う作業でもある。そしてよりシンプルなものを目指す。iPad Airの進化のストイックな方向性に感動した。

そして自分の仕事や人生においてもそのようでありたいと思うのであった。
# by ykenko1 | 2014-05-31 10:17 | その他 | Trackback | Comments(0)

PRSの定式化のための3つの方向性

PSRの定式化のためには自然現象を捉え方を以下の3つの方向性で整理しなければならない。

1.計算論と結びつけること
2.集合論と結びつけること
3.デジタルな解析に結びつけること

現代数学が論理学、集合論、自然数論などの数学基礎論や抽象空間論に向かったのと同様の方向に自然科学も向かわなければならないのだろう。
# by ykenko1 | 2014-04-12 11:12 | 情報論 | Trackback | Comments(0)

カオスを抱え込むこと

生物は常に自らの内にカオスを抱え込んでいる絶対矛盾的自己同一性を持つ存在だ。

人間や組織が発展し続けるためには、常に自らの内にカオスを抱え込まなければならない。

それができなかったから、ソニーは没落した。
# by ykenko1 | 2014-04-09 15:55 | 人生、哲学 | Trackback | Comments(0)

脳を管理する時代

マインドマップを開発したトニー・ブザンが彼の著書『The Most Important Graph in the World』の中で、今は情報を管理する時代ではない。それはコンピューターがやってくれる。情報を管理する脳そのものを管理する時代だ、と書いている。

私の「脳を管理するツール」はMind MapとEvernoteだ。

最近は何か考える時は必ずMind Mapを使っている。右脳と左脳が動員される感覚があり、頭の中が整理されるし、色々なアイデアが湧いてくる。上から自分の頭の中を覗き込んでいる感じがする。

Evernoteは「第二の脳」と呼ばれている。使いこなすコツを掴むのに少し時間がかかるが、使いこなせるようになると人生が別の次元に入ったと感じることがある。
# by ykenko1 | 2014-04-09 14:26 | その他 | Trackback | Comments(0)

認識論と存在論から見た情報とパターン

認識論的に見るとパターンは情報であり、存在論的に見ると情報はパターンである。
# by ykenko1 | 2014-04-09 00:10 | 情報論 | Trackback | Comments(0)

情報とパターン

情報とは特異性を伝えるパターンである。

あるシステムが情報を認識するとは、パターン特異的な反応をすることである。
# by ykenko1 | 2014-03-21 13:27 | 情報論 | Trackback | Comments(0)

情報の3つの意味

前回、情報とパターンの関係について書いた。今回は情報の意味について、3つの観点から考えてみたい。

情報の意味は難しい問題である。情報科学の分野を切り開いたクロード・シャノンでさえ、情報の意味の問題は避けて通った程だ。しかし、それも当時(1948年)の時代の状況を考えれば、致し方なかったと思われる。その当時はまだコンピューターも現在のように普及はしておらず、脳科学もほとんど情報科学と結びついて研究されるに至っていなかったからだ。

現代においては、コンピューターが社会の隅々にまで影響を及ぼし、理論的にも技術的にも情報科学は驚くべき進歩を遂げている。また脳科学の分野でも脳機能の画像化がなされ、計算論的な脳の研究が進んでいる。今こそ、情報の意味とは何かと言うことを真正面から取り組むべき時代であろう。

私は情報の意味は(1)客観的な意味、(2)主観的な意味、(3)間主観的な意味、の3つの観点から研究されるべきだと考えている。

(1)客観的な意味は、パターンの入力(人間であれば五官からの感覚入力)に基づいて脳内にどのような変化が生じるか、そして行動上にどのような変化がもたらされるかを研究することで理解されるであろう。

(2)主観的な意味は、内省的なクオリアの問題であり、人文学の領域でもある。神経言語学者ジャッケンドフが問題提起した「心ー心問題」を考えてみよう。それは我々が自覚する意識の内容とそれを支える計算論的な脳活動の間のギャップの問題である。我々が考える時、自覚している思考の中身は直列的なプロセスであるが、脳の情報処理のプロセスは並列処理であり、そのプロセスを我々は自覚していない。思考のみならず見ると言う行為においても我々が意識するのは見る対象のみであり、それを支える網膜や視神経が賦活されるプロセスや視床を介して後頭葉の視覚野でプロセスやそれに引き続く頭頂葉や側頭葉における情報分析のプロセスなどを全く意識していない。我々は主観的な意識の内容と客観的なプロセスの対応関係を研究していくことになる。

(3)間主観的な意味とは、社会的な意味と言っても良い。例えば我々が言語を学ぶ時必ず社会的な相互作用を通してその使用法を学ぶ。視覚や聴覚が単純に環境との相互作用の中で神経系の発達がなされていくのに対して、脳同士の共鳴現象やミラーニューロンを介した相互作用、感情的な相互作用も含めて言語は学習されていく。最近ではソーシャルブレインズの研究として分野が確立されつつある。脳は他の脳とつながっていてこそ、脳本来の力が発揮できる。

ドナルド・デイビィドソン;『主観的、間主観的、客観的』

フッサールと神経科学

間主観性と現実

# by ykenko1 | 2014-03-16 17:33 | 情報論 | Trackback | Comments(0)


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