『早期教育と脳』

  今、小西行郎(ゆくお)氏の『早期教育と脳』(光文社新書)という本を読んでいる。
  最近は乳幼児の早期教育がブームである。また今年、日本小児科学会から「二歳以下の子供にテレビを見せすぎると言葉の遅れや情緒的な問題が出る」という警告が出されたこともあって、幼児期にテレビを見せるべきかどうか、についても議論が噴出している。(ちょうど昨日もNHKでそういう番組をやっていた。)
  そもそも子供の早期教育に関心が集まったのは、狼に育てられた少女の話などで人間の発育にとって早期の環境的な要因が大きいことが示されたり、生まれたばかりの子猫の片目を数週間遮蔽しておいたらその後遮蔽した方の目が見えなくなって早期の感覚刺激の重要性が示されたりしたことから始まっている。ある特定の時期までにある刺激を受けなければ一生その能力を失ってしまうような時期のことを臨界期と言うが、その臨界期はその能力によってさまざまだ。
  小西氏によれば臨界期はある種の能力を獲得するための期間であると同時に不要な能力を捨て去る時期でもあるらしい。たとえば生後直後にRとLの発音を聞かせるとどこの国の赤ん坊でも聞き分けることができる。しかし6ヶ月を過ぎると日本の赤ん坊は聞き分けることができなくなるという。それは日本人が生きている環境にとっては不要な能力であるからだと解釈される。また臨界期とはバイリンガルとか絶対音感とか特殊な能力だけを育てるためのものではなく、むしろもっと総合的な能力を育むための期間であるらしい。
  早期教育もまだまだ分からないことが多く、過剰にやりすぎると却って歪んだ子供を育ててしまう可能性がありそうだ。
by ykenko1 | 2004-11-06 22:13 | 心理学・精神医学 | Comments(5)
Commented by homeandhome at 2004-11-07 22:15
 ソニーの元社長が「幼稚園では遅すぎる」と言っていたような・・・どうも私もある能力を特化すると後々まずいことになりそうな気がしますが。知り合いのそろばんの先生は「三歳までにそろばんに触れていないと一流にはなれないね。」とおっしゃっていました。
Commented by ykenko1 at 2004-11-07 22:53
井深大(いぶかまさる)さん、ですよね。まだまだ科学的には分かっていないことが多いようです。周りの人々が刺激を与えてあげることよりも、赤ん坊が自分から環境に働きかけて認識していくことが本当の成長には大切のようです。また例えば視覚とか聴覚といった比較的低次元の認知の問題ともっと高次元の思考力や創造性といった部分は臨界期があるのかどうかさえ分かっていません。
Commented by symwoo at 2004-11-08 13:04
人間は本来ならば胎内でゆっくりと脳の解釈回路を生成すべきなのですが、危険な環境が到来したか、あるいは産道が限界だったからかも知れませんが、とにかく、あわててて未熟児で生んでしまった古代人がいまして、それが我々の祖先なのです。
赤子にとっては、未熟で出てしまのですから、親の保護のもとに、一刻も早く危険と危険でないものとを身分けるということが求められますよね。
聞き分けるという例で、耳鳴りの治療にTRT療法というのがあります。
これは、「耳鳴りを知覚しないように訓練する」、つまり「音に慣れる」ということに焦点を当てた治療法で、脳が必要な音だけを無意識に取捨選択し、無害な音や重要でないと感じた音は、聞こえていても意識まで到達しないようにしている事を利用しています。逆に耳鳴りを意識してしまうということは、「危険な音、あるいは注意すべき音」として脳が解釈しているのだということです。

「脳は解釈する装置」ということからすれば、三つ子の魂百迄というのは当っていますね。
Commented by ykenko1 at 2004-11-08 14:57
TRT療法というのは面白いですね。訓練によっていろいろなものに対する注意や意識を遮断できるようになるとすれば様々な応用の可能性がありますね。
Commented by symwoo at 2004-11-09 10:38
恐怖に襲われると、パニックになり、頭が真っ白になるというのも、その現れではないでしょうか。
すべての感覚を遮断してしまうのですかね。死んだ振りをする動物がいましたね。
日常に於いても、いいまで怒っていたのに、お客がきたりすると突然、笑ったりして、切り替えをしていますね。
私は下手ですが。。。(~:^)


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