複雑系の生物学(10);金子邦彦『生命とは何か』レポート③ゆらぎについて

  前回のレポートでは細胞分化のシュミレーションの図を掲載した。このシュミレーションのみそは、遺伝子がコントロールするような仕組みを考えなくとも、自然と細胞の分化が行われること。そこに必要なのは細胞内部の物質的ゆらぎと周辺の細胞との物質のやりとりを含めた相互作用だけである。細胞内部での物質のゆらぎという状況はそれ程、まれな状態ではなく起こりうる。
  条件としては膜に囲まれた細胞があり、その中に多種の化学成分が含まれ、そこで触媒反応が起こっている。そして膜には透過性があるので、膜を通して周囲の環境と物質のやりとりをすることができる。細胞は複数存在するので、反応に必要な同じ物質を周囲の細胞と取り合うような競合的な関係ができる。また細胞は内部の物質がある量に達すると二つに分裂するモデルになっている。
  このように揺らいでいるもの同士が相互作用するような場合、同一要素が振動していても、やがていくつかの振動パターンが同期しているグループを形成する現象をクラスター化といい、統計力学やカオスを中心とした非線形力学系でも知られている。
  ここで私の印象に強く残ったのが、この「ゆらぎ」の問題である。このシュミレーションでは「ゆらぎ」がすべての出発点となっているのである。それなくして生命の基本的な現象が成り立たない。それほど「ゆらぎ」が生命現象の本質に関わる現象であったのだ。この「ゆらぎ」の問題を他の分野に当てはめるとどうなるだろうか?
  視覚認知では人間の眼球は常に動いている。動きながら対象を捉えるのだが、動きが止まると見えなくなってしまう。これなどはまさしく「ゆらぎ」が認知に深く関わった現象だと言えるだろう。
  もう少し高次の認知に関してはどうだろうか?身近な問題として感じることは「新しい発見・気づきのためには(精神的)ゆらぎが必要だ」ということ。前に「複雑系の認識論(12);ヒトがミスを犯すとき」に書いたこととも共通するが、強いプレッシャーなどにさらされると精神が硬直し、さまざまなことに気づくことができなくなってしまう。複数の人間がディスカッションをしているときでも、「これはあまり関係ないかな」と思うようなことでもポッと思いついたことを言ってみると、それが新しい観点を提供するようなときがある。ノーベル賞の田中耕一さんが失敗から大発明に至ったのも「ゆらぎ」からの発明と言えるかもしれない。
  最初に何かを計画して実践に移る。実践の過程の中で思いもかけない出来事が起きてくる。そのときにそれを切り捨ててしまうのではなく、それも受け止めつつ発展していくのが本当の意味で創造的な活動ではなかろうか。我々は生活の中で、社会の中で大切な「ゆらぎ」をあまりにも多く、切り捨ててしまっているのではなかろうか。

追記;津田一郎の『カオス的脳観』(サイエンス叢書)という本を持っているのだが、以前読んだときは今ひとつピンとこなかった。今なら面白く読めるかもしれない。
by ykenko1 | 2005-05-17 21:18 | 生物学 | Comments(6)
Commented by aidiary at 2005-05-18 20:59 x
ゆらぎってのはA.I.でも大事だと思いますねー。A.I.ってのは結局プログラムなので決定的な論理・アルゴリズムで動いてます。一方、人間の脳や生命ってのは非決定的に動いているように「見えます」。この非決定的に見える原因がゆらぎと呼ばれているのかな。A.I.みたいな決定的なアルゴリズムにゆらぎをどう入れればいいかってのが難しいところです。やっぱり環境との相互作用が肝かな・・・
Commented by ykenko1 at 2005-05-18 21:12
aidaiaryさん、こんにちは。感覚入力装置を取り付けて、環境との相互作用で学習させる方式はゆらぎに近いように思います。
人間のひらめきなんかもゆらぎって感じがしますね。
ゆらぎと言う概念の重要性は物理や化学よりも、やはり生物の研究の中から示されてくるようなたぐいのものですね。
ぜひAIにもゆらぎを取り入れてください。
Commented by halfmoon81 at 2005-05-21 02:25
こんばんは。
>我々は生活の中で、社会の中で大切な「ゆらぎ」をあまりにも多く、切り捨ててしまっているのではなかろうか。
まさにその通りだと思います。相変わらずマニュアル人間は減りませんし、、、子育てなんて、思いもかけない出来事の連続で「ゆらぎ」がなかったらやっていけません。って、記事とあまり関係なかったですね(笑)
Commented by ykenko1 at 2005-05-21 12:35
Hello!「ゆらぎ」の研究から新しい知性のあり方、新しい社会システム、新しい教育論、などいろいろな発展がありそうな気がしてます。「ゆらぎ」がノイズではない、ということ。これは本当に大きな発見ですね。
「ゆとり教育よりゆらぎ教育」というのはどうでしょうか?
Commented by halfmoon81 at 2005-05-23 21:43
こんばんは。
「ゆらぎ教育」いいですね!このタイトルで本をだしたら売れると思います(笑) 教育に関しては、私のブログでも書きたい事がいろいろあるのですが まとめるのが難しいですね。(海外ボケで頭を使っていないので、、、まずいです。)
Commented by ykenko1 at 2005-05-23 22:27
「私のゆらぎ教育at London」なんてすると、更に売れるかも!


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