複雑系の生物学(12);金子邦彦『生命とは何か』レポート④ 遺伝子型と表現型の新しい見方

  金子氏の著書の中で遺伝子型と表現型に関する新しい見方が提示され、これがまた既成概念を突き崩すものである。
  まずは従来の生物学における遺伝子型と表現型に関する考え方を振り返れば、遺伝子の設計図に基づいて表現型が決定されるということ、表現型の変化が遺伝子型の変化をもたらすことはなく、遺伝子型の変化は子孫に伝えられるが表現型の変化は子孫には伝えられない、遺伝子の突然変異によって進化がもたらされる、というのが主な考え方である。この考え方では情報の流れは遺伝子型から表現型へ、という一方向の矢印が強調されることとなっている。
  しかし金子モデルではむしろ表現型の変化が遺伝子型の変化として固定化されていくことが明らかになる。それはいかにしてなされるのか?
(1)同じ遺伝子型でも異なった表現型をとりうる。
(2)相互作用によって異なった表現型のグループに分化(相互作用による分化であ  り、突然変異による分化ではない)→相互作用は同じ栄養源を取り合って競合する、 などを意味する。
(3)突然変異において遺伝子型の変化が起きるが表現型の変化を支持する方向への変 化を持つものの方が生き残りやすい。
(4)それによって分化したグループ間で遺伝子型の違いが生じてくる。
(5)相互作用の中で表現型そして遺伝子型の差異が増幅される方向の力が働く
(6)雑種不稔性(つまり別のグループとの間では子供が残せなくなる)が出現→この段階になると相互作用がなくともそれぞれのグループは安定して同一性を保つ。

  この他にも金子氏は化学反応のネットワークがあれば、反応速度の遅い比較的少数の分子が全体の状況をコントロールするようになり(少数コントロールminority controlの法則)、それが遺伝子の起源ではないかというモデルを提案している。
  なぜこのようなことを問題にするかと言えば、生命現象の基本としての“複製”という性質の起源をどう考えるかということが、関わっている。生物を精密な機械に見立てる立場からはまず正確な情報があり、そこから複製が成立すると見る。別の立場ではある代謝のネットワークが存在してそれが比較的いい加減な形で複製されるシステムを考え、それが徐々に進化していくことによって精密な遺伝情報ができあがってくると考える。金子氏は後者の立場に立って、比較的ルーズなネットワークから自然に遺伝子のような情報蓄積分子が生まれてくる仕組みを描き出すことに挑戦している。
    
 
by ykenko1 | 2005-06-05 18:17 | 生物学 | Comments(3)
Commented by ひでき at 2005-06-05 20:46 x
ykenko1 さん、こんにちは、

非常に面白い議論ですね。分子発生学と複雑系ってものすごく相似関係、といかそのものの現象なのでしょうね。私もトラックバックさせていただいた本を読んで非常に感銘を受けました。

Commented by ykenko1 at 2005-06-05 21:56
ひできさん、トラバありがとうございます。
ひできさんが読んだ本の内容については詳しくは分かりませんが、金子氏のアプローチはこれまでの分子生物学とは全く異なるアプローチで革命的な内容だと思います。本書の副題が「複雑系生命論序説」というのですが、まさしくその通りで、複雑系の科学から生命現象へのアプローチの仕方のモデルを作ったということだと考えていました。
Commented by ykenko1 at 2005-06-05 21:56
こちらからもひできさんの記事にトラバさせてもらいました。


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