情報の3つの意味

前回、情報とパターンの関係について書いた。今回は情報の意味について、3つの観点から考えてみたい。

情報の意味は難しい問題である。情報科学の分野を切り開いたクロード・シャノンでさえ、情報の意味の問題は避けて通った程だ。しかし、それも当時(1948年)の時代の状況を考えれば、致し方なかったと思われる。その当時はまだコンピューターも現在のように普及はしておらず、脳科学もほとんど情報科学と結びついて研究されるに至っていなかったからだ。

現代においては、コンピューターが社会の隅々にまで影響を及ぼし、理論的にも技術的にも情報科学は驚くべき進歩を遂げている。また脳科学の分野でも脳機能の画像化がなされ、計算論的な脳の研究が進んでいる。今こそ、情報の意味とは何かと言うことを真正面から取り組むべき時代であろう。

私は情報の意味は(1)客観的な意味、(2)主観的な意味、(3)間主観的な意味、の3つの観点から研究されるべきだと考えている。

(1)客観的な意味は、パターンの入力(人間であれば五官からの感覚入力)に基づいて脳内にどのような変化が生じるか、そして行動上にどのような変化がもたらされるかを研究することで理解されるであろう。

(2)主観的な意味は、内省的なクオリアの問題であり、人文学の領域でもある。神経言語学者ジャッケンドフが問題提起した「心ー心問題」を考えてみよう。それは我々が自覚する意識の内容とそれを支える計算論的な脳活動の間のギャップの問題である。我々が考える時、自覚している思考の中身は直列的なプロセスであるが、脳の情報処理のプロセスは並列処理であり、そのプロセスを我々は自覚していない。思考のみならず見ると言う行為においても我々が意識するのは見る対象のみであり、それを支える網膜や視神経が賦活されるプロセスや視床を介して後頭葉の視覚野でプロセスやそれに引き続く頭頂葉や側頭葉における情報分析のプロセスなどを全く意識していない。我々は主観的な意識の内容と客観的なプロセスの対応関係を研究していくことになる。

(3)間主観的な意味とは、社会的な意味と言っても良い。例えば我々が言語を学ぶ時必ず社会的な相互作用を通してその使用法を学ぶ。視覚や聴覚が単純に環境との相互作用の中で神経系の発達がなされていくのに対して、脳同士の共鳴現象やミラーニューロンを介した相互作用、感情的な相互作用も含めて言語は学習されていく。最近ではソーシャルブレインズの研究として分野が確立されつつある。脳は他の脳とつながっていてこそ、脳本来の力が発揮できる。

ドナルド・デイビィドソン;『主観的、間主観的、客観的』

フッサールと神経科学

間主観性と現実
by ykenko1 | 2014-03-16 17:33 | 情報論 | Comments(0)


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