複雑系の認識論(14);プロトタイプと認知

  人間が顔を認知する場合にどのようなメカニズムが働いているのか?(以下は『知性と感性の心理』福村出版を引用しつつ色々と考察。)「比較的均質なパターンでありながら、多くの顔を識別・記憶・再認できるところに顔認知の特徴がある。」「どのようにして効率的に識別・再認できるのであろうか。」「ひとつの手がかりが特異性効果(distinctiveness effect)である。周囲にあまりいないような特異な顔は、識別も容易であり、記憶・再認も容易である。」「また見慣れた人種の顔は認知が容易であるのに対して、接触機会の少ない他人種の顔では認知が困難であるという自人種優位効果(own race bias effect)も手がかりとなる。」「このような現象から、それまで出会った顔から顔のプロトタイプ(prototype=原型・模範)が形成され、個々の顔はプロトタイプ顔との差異として表現されていると考えられている。」
  乳児に関する研究では6ヶ月までの子供は、日本人の子供であっても英語のrとlの発音を区別することができ、アメリカ人の顔やサルの顔まで区別できるという。しかしその後は、それらの能力は日本の環境の中で生きていく上で不要なものとして退化していく。
  人工知能の研究ではニューラルネットワークを用いて人の顔を多く覚えこませていくと、例えば日本人の顔を多く覚えこませたシステムは日本人の顔の識別に敏感になるが、それ以外の人種の識別力は劣るという。それはちょうど人間の顔認知と同様のメカニズムが存在している、というかむしろ、人間の顔認知システムがニューラルネットワークと同様と考えるべきか。
  さて、ここからいろいろ考えてみる。これまで研究上知られているのは上記のようなレベルの、顔の認知と言ったある特殊な認知においてプロトタイプを利用した認知システムが考えられるという話であったが、同様なことはより高次な次元の人間の思考活動でも見られるのではないか。例えば自分が法律家だったとする。そうすると教育課程の中で法律家の世界でのこれまでの知識や慣習を学んでプロトタイプを作り上げる。そしてそのプロトタイプからのずれで物事を正しいとか間違っているとか判断する。例えば、人生の様々な場面の中で政治家という人種の言動に触れる。そういう中で政治家とはこのような種類の人間達なのだというプロトタイプができあがる。そしてそれに基づく判断が形成される。
  ある分野のエキスパートになると、その分野での経験の中から自ら作り上げてきたプロトタイプに基づいて、そこからの微妙なずれに敏感になる。その微妙なずれはプロトタイプがあるからこそ感知できるものである。しかしそのプロトタイプは大きなずれに対しては鈍感である。(ちょうど他人種の顔の識別が難しいように。)
  そう考えるとプロトタイプに基づく認識は大変、有用である反面、ある種の拘束を伴い、限界を伴うものである。プロトタイプはあくまでもある範囲内でのみ有効なのであって、それ以外の分野ではうまく機能しないものである。しかし、我々はどの程度、このことを自覚しているだろうか。プロトタイプを絶対視して物事を判断してしまう傾向はないだろうか。振り返る必要がある。
by ykenko1 | 2005-06-27 22:49 | 認識論 | Comments(0)


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