Hermann Haken;『情報と自己組織化』

a0010614_1437911.jpgHermann Haken;『情報と自己組織化』

わるねこさんから教えられたりしてハーマン・ハーケンはいつか読んでみようと思っていたのだけれど、今回『情報と自己組織化』という本を読んでみた。定性的な記述が少なくて、数式が展開されていく記述が8割を占めていて、なかなか私には批判的に読むのは難しい内容だったのだけれど、実際にハーケンの理論を実験で使いたい人にとっては便利なのだろう。

ハーマンが作り上げたシナジェティックスという学問は、多数のエージェントからなる協同現象により新しい秩序が生まれてくること(非平衡相転移)をレーザーの研究から理論化して、他の現象にも応用可能であることを示したものだ。その中で出てくるキーワードが秩序パラメーターと隷属原理。秩序パラメータとは協同現象がある一定の水準に到達した時に、多数の現象の足し合わせではない、新しく出現した秩序を記述するパラメータのこと。(この時に情報圧縮が起きているとハーケンは言う。)隷属原理または隷属モードとはそのように出現した秩序パラメータに対してそれぞれのエージェントがどのように従うのかを決めるルールおよびその状態のこと。通常、ある系に対して秩序パラメータは数少ないまたはひとつであるが、隷属モードは多数ある。

ところでハーケンは本書で、上記の理論を更に発展させている。秩序パラメーターと隷属原理はそれぞれのエージェントから出発して、新しく生まれる秩序を記述する方向性の理論であった。その事を彼は微視的または準微視的レベルの枠組みであるとしている。それに対して、本書では系全体の状態が秩序パラメータや隷属原理生み出して行く仕組みを模索している。これを巨視的なレベルの枠組みと呼ぶ。その時のキーコンセプトが情報(またはエントロピー)であり、最大情報エントロピー原理(または最大エントロピー原理)である。

ここで彼が使っている情報はシャノン流の情報理論で、ボルツマンのエントロピー概念の特殊形である。シャノン流の情報はその意味する内容については切り捨てられて、その量的な側面に注目したものであるが、一方で確率論との関係が強いもの。ある系のひとつの状態があった時にそれがどれだけ実現しにくいのか。実現しにくい状態が実現している程度に応じてその情報量は高いとみなされる。

一方、最大エントロピー原理は1950-60年代にジェインズによって定式化されたもので、系についての情報の不足がある時に、その系は最も起こりやすい状態(エントロピーの高い状態)によってモデリングされるというもの。

ハーケンは情報の概念と最大エントロピー原理を用いて、全体の状態が秩序パラメータやその変化のパターン、および隷属モードを導く様式を明らかにしている(…らしい。数式の羅列がなかなかフォローできないもので)。その時、秩序パラメータは情報担体と呼ぶ方がふさわしいと言う。

話はそれるけれどもシャノンが切り捨てた情報の意味は受け取った側の反応を含めて考えた時に明確になるとハーマンは指摘して、本書の中で簡単なモデルを提示している。

私にとっては情報と自己組織化というキーワードにつられて読んだ本であったが、そこそこ面白かった。しかしまだまだこれからの分野ではある。(ハーケン自身、最大エントロピーの概念の中に主観的要因が入るので限界があることを指摘している。)
by ykenko1 | 2007-09-17 10:35 | 科学など | Comments(3)
Commented by わるねこ at 2007-09-24 22:32 x
Hakenの本は、いつも数式に挫折して、ちゃんと読み通したものはありませんでした。最近のブログに書きましたが、Jonathan Freemanは、「意識状態は秩序パラメータである」と言っていましたね。この辺り、物理畑出身の研究者の脳理論が最近面白いなと思います。
ちなみに、日本で言えば、池上高志先生の「動きが生命を作る」(確かこういうタイトルだったと思います)が出版されました。
まだ手元に届いていませんが、かなり期待できる内容かと思います。
Commented by ykenko1 at 2007-09-24 23:41
本書はHakenが秩序パラメータや隷属原理についてこれまでとは別の角度からアプローチしたものなのですが、本書を読んでいる中で湧いてきたイメージがあります。それは協同現象が激しくなりある一定の閾値を越えると非平衡系の相転移が起きて、そのときに系全体が秩序パラメータによって支配され、多くのエージェントは隷属原理に従うようになる訳ですが、秩序パラメータとは単なるその系の状態を記述する指標であるだけではなく、そこに新しく出現する一種の場ではないか(共鳴場?)、ということです。そんな風に考えた方が循環的因果のイメージもつかみやすいように感じました。その場とは何かと問われるとよくは分からないのですが。池上先生の本はヴァレラのエナクティブアプローチに近い考え方ですかね?ところで最近、私は意識現象は生命現象とひとくくりに考えなければならないということを考えていました。
Commented by わるねこ at 2007-09-26 01:09 x
おお!実は僕もそのようなイメージをもっております。ykenko1さんの言う、協同現象が激しくなることとは、一種のパーコレーションのようなものかもしれませんね。ニューラルネットワークでパーコレーション、つまり非線形的な相転移が起きることが、意識シーンの成立と因果的にかなり近接する事象なのではないかと考えています。隷属原理による循環的な因果作用が成立してこそ、生「体」が意識を一つの指標(秩序パラメータ)として利用することの価値が出てくるのでしょう。自由意志の問題もここから考えるべきかと思います。ただし、この辺り、まだ言葉がついてきません。Varelaのembodiment、清水博の「場」、Hakenのsynergetics、Tononiの脳内情報概念が互いに近い考えかもしれません。池上先生はどうでしょうか。入手しだい読んでみます。


<< 情報の縦と横 フッサールと神経科学 >>