カテゴリ:脳科学( 21 )

Sporns, “Networks of the Brain”

a0010614_15103687.jpg Sporns,“Networks of the Brain”を読んだのだけれど、Buzsaki, “Rhythms of the Brain”を読んだ時のような衝撃を受けた。本書のテーマは最近のネットワーク科学と脳科学を結びつけることである。
 ネットワークの分析にはグラフ理論を用いており、スモールワールドネットワークとかスケールフリーネットワークとか、そういう話がバンバン出て来る。Spornsによれば、脳のネットワーク構造としてはスモールワールド性が強いとのこと。
 また構造的なニューロンの連結(structural connection)と機能的なニューロンの連結(functional connection)の二つの観点から脳のネットワークを見ている。前者は空間的な構造分析で最近はMRIのテンソール画像などでニューロンの走行が非侵襲的に調べることができる。後者は時間的な構造分析で同じ時間に活動しているニューロンや時間的に関連した活動をしているニューロンを見るもの。
 本書の中で一番目から鱗だったのは、ネットワークのハブにあたるのが脳の内側面に集中していることだ。各連合野はハブではなく機能的クラスターとしてモジュール構造を形成していて、それらをつなぐハブが内側面に位置している。Midline structureが自己言及的な自己意識と関連している(TRENDS in Cognitive Science Vol.8, No.3 March 2004)ことは知っていたのだけれど、それがまた別の側面から裏付けられた印象だ。
勉強になった事(1);人間に意識がある時にもっとも大脳皮質の中で賦活化されているのは楔前部precuneusであり、逆に無意識の状態の時にもっとも活動レベルが低下しているのも楔前部である。

勉強になった事(2);Default mode network。このネットワークは内側面に位置していて、通常賦活化されているが、注意を要するような課題が与えられると却ってこのネットワークは抑制される。

 統合失調症では課題が与えられた時でもdefault mode networkが抑制されず、前頭葉内側面と後頭葉内側面の連結性が過剰になっていると言う。統合失調症の患者において外界に中々注意が向けられず、自己の内界にばかり意識が行くために妄想の世界から抜け出す事ができない様をよく表現していると思う。
 アルツハイマー型認知症に関してもある洞察を得る事ができたが、これは今後の自分の研究課題としてここには書かない。
 そんなこんなでお勧めの一冊。

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by ykenko1 | 2011-02-13 15:13 | 脳科学 | Comments(0)

ミラーニューロンと遺伝

親と子で本当にささいな行動や癖が似ている事がある。そういうものまで遺伝子で説明しようとする傾向があったが、私にはそれが全く信じられなかった。遺伝子にそこまでコードされているはずがない。ミラーニューロンのことを知って親と子の行動が無意識の内に似てしまうのはこのメカニズムのためだと思った。それ以外にこの現象を説明する道はあり得ないだろう。

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by ykenko1 | 2008-04-29 11:23 | 脳科学 | Comments(6)

情報の増減と脳機能

a0010614_913917.jpg数学者のイアン・スチュアート(『カオス的世界像』)は非線形力学の領域においてカオス理論と複雑性理論の二つの理論があり、前者は単純性から複雑性が生まれる法則であり、後者は複雑性から単純性が生まれる法則である、としている。スチュアートは複雑性から単純性が生まれる創発的性質のことを単純化傾向simplexityと呼んでいるが面白い言い方だと思う。シャノン流の情報という観点からすると情報量が増大する領域と情報量が集約される領域があるということになる。対比すると線形力学の領域は情報量が一定で恒常性を保つ領域である。情報量が一定の領域では将来の物事に対して法則に基づいた見通しが立てやすいが、情報量が増減する領域では法則性のみに基づいた見通しが立てにくい。

ハーケンやケルソーはシナジェテックスの考え方に基づいて非平衡系の協同現象において全体の振る舞いをコントロールしているように見える秩序パラメータの出現において情報の集約がなされているとしている(Kelso&Haken)が、これはまさしくsimplexityのこと。彼らは心と身体を結ぶのがこの秩序パラメータの領域だとしている。

さて、もう一方でジェフ・ホーキンス(ジェフ・ホーキンス)は脳の中での情報の圧縮と展開というプロセスが大脳皮質全体の階層構造とそれぞれの皮質の6層構造の中で進行する工学的なモデルを示した。ホーキンスの言うところの情報の圧縮とは外界からの刺激のパターンとその順番(シークエンス)に関して名前を付けて、下位の構造が上位の構造に情報を渡すことである。一方、情報の展開とは上位の構造が下位の構造に対して簡単な情報(指令)を与えると下位の構造ではその内容を具体化するための多くの情報に発展していくことを言う。彼はその様子を分かりやすく示すための例として軍隊での命令伝達をあげている。全軍を指揮する元帥が「冬のあいだ、兵をフロリダに移動させよ」と命令すると、この単純な命令が指揮系統を下るにつれてより詳細で具体的なシーケンスに展開されて行く。出発の準備、移動の方法、到着の準備などが具体的に検討され、更に下位のレベルに指示される。それに基づいて何千という兵達が何万という具体的な行動を起こす。行動の結果はそれぞれのレベルから上にあげられて行くが、上に行くに従い情報は要約されて元帥には「フロリダへの移動は順調に進行中」という報告だけがなされる。トップは詳細な情報まで知る必要はない。

ホーキンスの言うところの情報の圧縮と展開は非線形力学の領域における情報の集約と増大とは異なる。すなわちハーケン&ケルソーの秩序パラメータ(情報の集約)とホーキンスの情報の圧縮とは異なる。秩序パラメータは協同現象の結果として創発される自然現象であるけれどもホーキンスの情報の圧縮は下位のレベルがエグゼクティブ・サマリーを作成する工学的なモデルである。

ヒトの知性のあり方からして情報の圧縮と展開に似たプロセスは脳機能として存在することはまず間違いがないように思われる。今後の研究が待たれる。


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by ykenko1 | 2007-12-30 08:19 | 脳科学 | Comments(2)

池谷裕二氏の脳の自発発火に関する見解

クオリア・メーリングリストである人が池谷裕二氏の脳の自発発火に関する見解(脳の自発発火)を紹介していた。Buzsakiの“Rhythms of the Brain”の見解と似ている部分と微妙に異なる部分があり、興味深い。Buzusakiは脳のデフォルト状態としてのリズム(自発発火)があり、経験によってその状態が撹乱されるととらえる。池谷氏は脳の自発発火により複数の内部状態が形成されるが、経験や知覚によってその内のひとつの状態が選択されるという。オートポエーシスにも例えている。いずれの見解にせよ従来の入力と出力とその中間過程という見方からは離れつつあるのが特徴だ。私達の生活上の実感もこれらの見方に近いものがあるように思う。
by ykenko1 | 2007-06-12 05:36 | 脳科学 | Comments(2)

脳は感情装置

脳は情報処理装置であるだけではなく感情装置でもある。
by ykenko1 | 2007-05-28 07:03 | 脳科学 | Comments(2)

Joseph LeDoux “The emotional brain”

以前、松本元氏の本でルドゥーが扁桃体には二つの経路があって、視床から直接入力がある早くて荒い経路と視床から皮質を介して間接的に入力する遅くて緻密な経路があることを発見したことは知っていた。今回、Joseph LeDoux “The emotional brain”(翻訳本;『エモーショナルブレイン』(松本元ら、翻訳))を読んだのだけれど、勉強になり、また臨床にも役立つ優れた本であった。初版は1996年で少し古い。

著者のルドゥーは元々はガザ二ガらと分離脳の研究に携わっていたが、その後、扁桃体や情動記憶に関する研究をテーマにして活躍しているニューヨーク大学神経科学センターの教授。

これまでの脳科学の分野では認知システムの研究が中心となり、感情システムの研究はおろそかにされてきた。認知システムの研究は脳や心をコンピュータに見立てて、どのように論理的な問題解決をしたり、チェスの試合に勝ったりするかを考えるようなもの。感情システムの研究が遅れた理由の一つには倫理的なものがある。被験者に強い感情的刺激を与える事は下手をすれば精神的なトラウマのような後遺症を与えてしまう事にもつながるからだ。ルドゥーらは動物実験も含め、工夫をこらしながら研究を進めたようだ。彼は感情の中でも特に恐怖に焦点を当てた。何故ならば恐怖は人間から下等動物にも通じる共通した感情であり、扁桃体との関連性が強いと言われているからだ。また恐怖はパニック障害その他の精神病理学的な症状にもつながる重要な感情でもある。

彼は認知システムと感情システムを比較する。認知システムが働くのは平常時で例えば歩きながら、食べながら、風呂に入りながら考えたりすることもできるし、必ずしも身体反応を伴わずに機能する。一方、感情システムが働くのはその人間にとって重要な状況、社会的な意味の時もあるだろうし、時には命に関わるような状況、であり、脈拍や呼吸が速くなったり、顔が赤くなったり、瞳孔が開いたり、と身体全体の反応が伴う。神経回路を調べてみても感情システム(特に扁桃体)が認知システム(大脳皮質)から影響を受けるよりも、その逆の影響力の方が強いと言う。例えば扁桃体は感覚連合野のプロセス(知覚・感覚記憶)・海馬のプロセス(長期顕在記憶)・前頭連合野のプロセス(作業記憶・注意)に影響を及ぼす。

扁桃体は意識の覚醒度(arousal)にも直接間接に働きかける。(1)大脳皮質全般への直接的な働きかけ、(2)覚醒システム(ノルアドレナリン、ドパミン、セロトニン、アセチルコリン)に働きかける事で皮質を間接的に賦活する、(3)自律神経系や内分泌系を介した身体反応のフィードバックを通して皮質を賦活する、等である。覚醒度をあげることは非特異的な効果であるが、それによって特的の認知プロセスの効率を高める事になる。

感情体験に伴う記憶について考えると、その刺激は海馬を介して顕在的なエピソード記憶となるが、扁桃体を介して身体反応を伴う潜在的な記憶として蓄えられる。そのためその時のことを思い起こすと、意識下のレベルで身体反応を伴う感情体験が再現され、そのことがPTSDなどの病理的な反応や訳もなくある人を嫌ったり、ある食べ物を嫌悪したりすることになる。これは認知症の方にもあてはまるかもしれない。認知症の患者さんでいじめられたり、馬鹿にされたりした体験がある場合、本人の意識にはそのエピソードは記憶されていないのだが、その人の情動や身体反応に残っていて、閉じこもりがちになってしまうことなどがある。

認知システムと感情システムの関係についてルドゥーは認知システムが感情システムを完全にコントロールすることが理想ではなく、二つのシステムが調和することがよいとしている。しかし具体的にどのようにとは書いていない。その辺りが知りたいところだが。

『EQ』で有名になったダニエル・ゴールドマンも彼の研究を高く評価している。
by ykenko1 | 2007-05-24 19:31 | 脳科学 | Comments(4)

Buzsaki "Rhythms of the brain"

わるねこさんに紹介してもらったBuzsaki "Rhythms of the brain"を読んでいる途中なのだけれど、ここ数年来で最も大きなインパクトを受けた本になった。脳に関する見方が根本的に変わり、目から鱗が何枚も落ちた。本書の脳に関する観点は非線形科学に基づいた全く新しいパラダイムに基づいている。このようなアプローチこそ、私が求めて来たものだ。以前から複雑系が趣味でいろいろと調べたり、ブログに書いたりしてきたのだが、それは最終的には脳に関して複雑系の観点から理解したかったためだ。今まで漠然として、結びつかなかったものが本書を通してひとつの焦点を結んだ。

何故、本書が現れて来たのかと言えばようやく機が熟して来たということなのだろう。ネットワーク科学を含めた複雑系科学の進歩、認知や意識の問題と関連したニューロンの同期的振動現象(synchronous oscillation; S.O.)の発見、等が有機的に結びついてきた。特にS.O.についての理解が深まってきたことによってsingle cell studyと人間の行動との中間レベルの現象が解明され、新しい観点から脳とその機能について見つめる事が可能になった。脳に関する新しい観点を一言で言えば“self-generating brain”ということになる。これまではsingle cell studyに基づいて外界からの刺激に対して反応する脳というパラダイムを抜け出すことができなかったが、Buzsakiが描き出しているのは自ら振動し情報を生成しながら、外界からの刺激はその撹乱として受け止める脳の姿である。

脳はニューロンの最も重要な機能を果たす細胞体がその表面を覆い(大脳皮質)、神経繊維がその内側を縦横無尽に走っている構造であるが、何故このような不思議な構造になっているのか、本書を通して私は初めて理解できた。それはこのような形こそが脳のsmall-world network構造をもっともすっきりと整理することができるからである。脳表面のニューロン同士は近傍でのコミュニケーションがしやすい。なおかつlarge-scale connectionを形成する神経繊維はその内部においてあらゆる方向性で連絡を取る事ができる。もし細胞体が内部に位置しているとすれば、近傍での連絡をする繊維と大域での連絡をする繊維が複雑に絡み合う事になり、発達上も難しい過程を通過しなければならなくなるだろう。

本書は既に新しい時代の教科書である。これから歴史的名著として多くの人々によって読み継がれていくに違いない。

わるねこさん、ありがとうございました。


#視床皮質回路は感覚入力の処理よりも皮質からの入力の処理を担当している神経の束が多くを占めている。そのことによって視床は皮質との間に相互連絡回路を作り出し、振動現象を生み出している。すなわち視床の機能はこれまで考えられてきたように感覚情報の中継地である以上に皮質との間で振動を生み出すための構造と考えられる。(p177-179)
by ykenko1 | 2007-03-24 06:25 | 脳科学 | Comments(2)

柔軟な脳のシステム

男の子が砂場で遊んでいる。2〜3歳ぐらいだろうか。その子供はまだ砂場で遊び続けたがっているが、親は辺りも暗くなってきたので「お家に帰ろう」と言う。しかし子供は言う事を聞かずに泣き出す。親は知恵を使い「お家に帰ってアイスクリーム食べよう!」と言うと、子供は「アイス?」と言って急に泣き止み、自分で砂をはらって「アイス!」「アイス!」と言いながら家に向かって走り出す。

この時、この男の子の脳の中では何が起こっているのだろうか?「砂場で遊び続ける」という目標を中心として軌道(アトラクタ)を描いていたシステムが、「アイスクリームを食べる」という新しい目標を中心としてまったく新しく編成され、別の軌道(アトラクタ)を描くようになったのだ。そこにはおそらく間違いなく腹側被蓋野から側坐核に至るドパミン系ニューロンの影響があるのだろうけれど、このような柔軟でありながらも秩序正しいシステムが脳の中にいかにして実現しているのか?またこのような巧妙なシステムが生物の歴史の中でいかにして発生してきたのか?
by ykenko1 | 2007-02-16 23:21 | 脳科学 | Comments(0)

自分の職場でsynchronous oscillationに関する研究ができるかもしれない。

自分の職場でsynchronous oscillationに関する痴呆症患者を対象にした臨床研究ができるかもしれない状況になってきた。うまくいけばとても面白いし、直接的に患者さんの役に立つことになりそうだ。
by ykenko1 | 2007-02-03 23:29 | 脳科学 | Comments(2)

脳のholisticなメカニズムとsmall world network

わるねこさんの後追いでsmall world networkと脳のholisticなメカニズムについて考えて見た。おそらくわるねこさんがその内、詳細なレビューをしてくれることと思うが、自分として理解したことをまとめて置こう。

small world networkは規則的なリンクにランダムリンクを少数付け加えることにより、クラスター指数が高いと同時に隔たり次数の低い構造を持つものを言う。(例えば60億の人類の中でランダムに2人を選ぶと6人の知人を介して繋がっている。よく世間は狭いと言うが、その現象のこと。)
ワッツとストロガッツが数学的に証明。(Nature 1998;393:440-442)
俳優のネットワーク、電力網、線虫の神経ネットワークもスモールワールドになっている。
ホタルの同期発光、神経細胞の同期発火も同様のメカニズムによって説明できる。すなわち、近傍の数匹のホタル(または神経細胞)との関係で自己のあり方を調整することによりシステム全体と同期することが可能になる。

Edelman,Tononiの“A Universe of Consciousness”の中ではneural networkが適度なクラスター性とクラスター間のリンクを持つことによって、システム全体が相互に取りうる表現可能性(complexity)が高められていると主張しているが、これは正しくsmall world network構造のことだ。神経細胞は個々の細胞と全体構造の間にクラスター性を持つことによって、より多くの機能を遂行可能なシステムとなった。

ローカリティを通じてこそユニバーサリティに通ずることができるのだ、と思った。

ネットワーク科学でのキーコンセプト
「規則性とランダム性」「クラスターとクラスター同士の連結」「ハブとリンク」


関連記事;脳のholisticなメカニズム
by ykenko1 | 2007-01-13 11:25 | 脳科学 | Comments(2)