カテゴリ:認知症関連( 49 )

相手の住んでいる文脈(物語)を利用したコミュニケーション

過去に学校の先生をしていたADの患者さんが訴えが多かったので、あるNsが「先生、今、私、試験勉強で忙しいんです!」と言ったところ、相手は「ああ、そうか、試験で赤点取ったら大変だからな。」と訴えを引っ込めたという。これはなかなかうまいやり方だ。

人間は文脈(物語)の中に生きて、文脈(物語)の中でコミュニケーションする。相手が生きている文脈の中にこちらが入り込んで、その文脈の言葉を使えば、相手は受け入れやすいものだ。
by ykenko1 | 2009-12-03 19:02 | 認知症関連 | Comments(0)

MITと認知リハビリ

  神戸大学保健学科の関啓子先生のメロディック・イントネーション・セラピー(MIT)に関する講座に参加した。MITとは非流暢性失語の患者に発話の流暢性を高めることを目標にした介入で、簡単に言えば言語を音楽的な枠組みにのせるように再訓練する方法である。失語症の方は左の大脳半球が障害されている事が多いが、歌うように話をさせることで右半球を介して言語活動をするようなループを作ってしまうのである(右半球は音楽や歌、リズムなどの情報処理を担っている)。
  認知リハビリという観点から言っても、失語症に関する言語療法という観点から言っても非常に成功している介入法ではないだろうか?と言うのはこの介入そのものは例えば10日間程度の短期間であったとしても、そして慢性期の患者であったとしても、その後、患者は訓練した言葉の使い方がうまくなるだけではなく、新しい言葉の発話も明らかに改善するからだ(いわゆる汎化が可能になる)。意外な事にBelin(1996)によるPETの研究では左半球障害の失語症患者7例で、MITを用いない言語課題では左の言語野に相当する部分の右半球の血流の増加が見られたのに比して、MITによる復唱課題では左半球の言語野を中心とした前頭前野の血流の増加を認めたと言う。
  MITの大きなパラダイムは通常は左半球を使って発話しているのを、右半球を使った新しい発話のループを作らせる事だ。その為に介入者が患者に復唱させる時に最初は課題文を「歌う」。それと同時に手をリズミックに動かす。その事により脳の中ではおそらく神経活動のパターン同士の新しい結びつきが促される。患者は訓練を通して新しい脳の使い方のコツをつかむとそれを他の言語活動にも応用できるようになる。
  認知症患者における介入にも多くの示唆が与えられた気がした。

参考文献
・ Sparks RW, Holland AL. Method: melodic intonation therapy for aphasia. J Speech Hear Disord 41: 287-297, 1976.
・ Sparks RW: Melodic intonation therapy. In: Language Intervention Strategies in Adult Aphasia, R Chapey (ed), Wiliams and Wilkins, Baltimore, 1981.
・ Belin P, Van Eeckhout M, Zilbovicius, et al. Recovery from nonfluent aphasia after melodic intonetion therapy: A PET study. Neurology 47: 1504-1511, 1996.

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by ykenko1 | 2009-06-09 11:26 | 認知症関連 | Comments(6)

認知症のリハビリ

認知症のリハビリについて考えている。そんなに簡単な話ではなくて、いわゆるリハビリとケアの中間ぐらいに位置付けられるような介入になるだろう。現段階では認知リハビリというと頭部外傷後遺症や脳卒中後遺症に対して行われているものが多い。しかし例えば記憶のリハビリや記憶のトレーニングの効果としてはimpairmentのレベルの改善ということに関しては否定的な結果が多い。むしろ内的・外的ストラテジーを使って代償的方法を探るのが良いとされている。つまりdisabilityやhandicapのレベルの改善を図るというものだ。認知症で進行性の疾患の場合に介入についてどのように考えるか?難しいところだ。

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by ykenko1 | 2008-11-17 00:25 | 認知症関連 | Comments(2)

"Neuropsychological Interventions" (1)

“Neuropsychological Interventions; Clinical Research and Practice”
Ed. Paul J. Eslinger, The Guilford Press, 2002

仕事の関係で読んでいる本。第1章と第2章についてのサマリー。

・ 認知リハビリとは何か?未だに認知リハビリという概念に関してはっきりしたコンセンサスは無いが、これまでは認知リハビリというと、頭部外傷の患者への介入に限定されたり、特定の介入技法に限定されたりする言葉の使われ方をしていた。我々は「認知リハビリ」という言葉をもっと広い意味で使いたい。すなわち「脳神経系の障害によって認知的欠損がある人々に対して認知面での環境への適応を最大化させようとする努力」と定義する。それには薬物の使用や補助具の使用も含める。
・ これまで認知リハビリと言うと頭部外傷後遺症や脳血管障害の患者のリハビリとして語られる事が多かった。脳血管障害では失語症に対する取り組みが有名だが、自然回復なのか介入の効果なのか区別が付かないという議論が未だになされている現状でもある
・ 介入法としては(1)欠損した機能そのものの回復を目指す方法と(2)残存機能による代償的戦略の獲得を目指す方法がある。欠損機能の回復を目指す方法の中にも(1-A)個々の欠損機能に対するアプローチ(注意/記憶/遂行機能/言語/行為/視空間認知/感情/対人関係など)、(1-B)幾つかの機能に対して包括的に取り組むアプローチがある。
・ 間接的介入法として記憶をサポートするメモや電子的器具の使用や支援的就労や職業的コーチング、家族・介護者の教育などがある。
・ 頭部外傷患者に対する認知リハビリに関する幾つかのシステミック・レビューがある。NID Consensus Development Panel (1999)、Agency for Health Care Policy and Research (1999)、American Congress of Rehabilitation Medicine (2000)など。注意/記憶/遂行機能、それぞれに関する介入ではRCTあり。個別的介入、包括的介入、双方にそれなりのエビデンスあり。
・ これまでの認知リハビリの関するよくある研究上の問題点として(1)介入プロトコールの標準化の欠如、(2)対象者の選定が様々、(3)ひとつの認知機能の改善が生活全般に般化されない、などがある。
・ 認知リハビリに関する神経基盤の根拠として(1)シナプスレベルではシナプスの可塑性が挙げられる。しかしシナプス可塑性は悪い方向に働くこともある。(それを防ぐために誤りなし学習が良いと勧められている)(2)神経伝達物質のレベルでは動物実験のレベルでドパミン/ノルアドレナリン/アセチルコリン系が賦活化されていると神経の再構成がなされやすく、抑制性のGABA系が賦活化されていると逆に妨げられることが知られている。臨床的レベルでもドパミン/ノルアドレナリン/アセチルコリン系を賦活化する薬剤はリハビリの効果を促進し、GABA系を賦活化させる薬剤は阻害することが知られている。(認知リハビリは薬物療法と併用された方がより効果を上げる事ができるだろう。)(3)神経ネットワークのレベルでは50歳未満の患者と50歳以上の患者では脳の再構成する上では介入の効果が異なってくる可能性がある。より高齢になる程、脳機能は局在化され側性化されてくるためだ。
・ 障害を評価するのに(1)impairment(2)disability(3)handicapによく分類される。神経生物学的知見はimpairmentのレベルに当てはまるとすると、臨床的知見はdisabilityやhandicapのレベルで、そこにはギャップがある。だからと言ってimpairmentのレベルを論じるのが科学的でそれ以外のレベルを論じるのが非科学的と言う訳ではない。例えばある薬物が神経伝達物質のレベル(単一のシナプス)での効果が知られているとしても、実際にそれが作用するのは様々な神経ネットワーク全体に影響を及ぼし、実際にbehaviorのレベルへの影響がどのようになっているのかについて論じるにはそこに多くのギャップがある。今後とも神経生物学的知見と臨床的知見のギャップを埋める様々な研究的努力がなされていく必要がある。

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by ykenko1 | 2008-10-23 19:14 | 認知症関連 | Comments(0)

FTDとSSRI

再び、臨床の話。

FTDというのは前頭側頭型認知症のことで、昔はピック病と呼ばれていた病気の事なのだけれど、このFTDの精神症状にSSRIといううつ病に使われるクスリが効くということが最近分かってきた。FTDの精神症状は「我が道を行く行動」とか「脱抑制」とか「固執傾向」や「常同行動」などがあるのだけれど、なかなかクスリでのコントロールが難しく、興奮したり攻撃的になったりして、周囲とのトラブルが絶えなかった。SSRIはうつ病に使われるクスリと書いたけれどセロトニンという神経伝達物質を脳の中で増やす働きをする。強迫性障害の方にも使うことがある。FTDの固執傾向・常同行動などの症状が強迫性障害の症状に似ているという理由から、FTDの患者にSSRIを使ってみた所、これが効いたという報告がなされ、それ以降FTDにSSRIを使う方法が知られるようになった。FTDに塩酸ドネペジル(商品名;アリセプト)を使うと却って興奮がひどくなる。「FTDにSSRI」という選択肢が出てきてから本当に困っていたケースが改善されることが多くなってきた。これは最近の認知症診療の上でのちょっとしたコツなのだ。

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by ykenko1 | 2008-07-18 06:01 | 認知症関連 | Comments(8)

意図性と自動性の乖離

久しぶりに臨床の話を少し。

認知症の症状というより、頭頂葉の障害で意図性と自動性の乖離という症状がある。普段、無意識の内に行動していること(自動性)が、意識すると(意図性)そのように行動できなくなってしまう。時にはやろうとしていることの逆の行動を取ってしまうこともある。

歩いていて「止まって下さい」と言うと却って早足になってしまったり、座ろうとして棒立ちになってしまったりする。

その方があまり意識せずその行動を取れるようにうまく誘導してあげるのが良いケアの仕方だ。

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by ykenko1 | 2008-06-26 20:53 | 認知症関連 | Comments(0)

ADとFTD

久しぶりに認知症の臨床の話を書いてみる。

私の病棟に少し性格的に問題のあるアルツハイマー型認知症(AD)の方とあまり人の言う事に耳を貸さない前頭側頭型認知症(FTD)の方がいた。お二人とも女性である。いろいろなベッドの調整の関係でこのお二人の方がひとつの部屋に入って頂くことになった。初めは問題行動が双方ともに激しくなるのではないかと心配であった。ところがあにはからんや、この組み合わせが良かった。お二人はいつも手をつないで、仲良く過ごされていたのであった。FTDの方はいつも我が道を行く行動を取るのだが、相手を引っ張っていく役割で、ADの方は相手に会わせる役割で、ぴったりとお互いがはまったのである。元々、FTDは脳の前の方の障害であり、ADは後ろの方の障害であるから、理屈としてはお互いが補い合う関係になってもよいのであるが、同じFTDやADでもいろいろなタイプの方がいるのでうまく行くとは限らない。お二人とも女性であったのも良かったのかもしれない。いずれにせよ感じたのは認知症の方のケアのあり方において、こういういくつかの疾患の方をうまく組み合わせてケアすることによって、成功するケースもあるのだということである。
by ykenko1 | 2007-09-06 06:26 | 認知症関連 | Comments(6)

執念が道を切り拓く

外来でフォローしていた認知症の患者さんがいた。これ以上、治療的には難しい状態であったので何ヶ月か何もせず経過観察の状態であった。ところが数ヶ月して息子さんが外来にやってきて「もう本当にこれ以上、どうにもならないのでしょうか?」とお話して来られた。「うーん、そうですねー。」と唸りつつ、「それでは別のお薬を出してみましょう。」ということにした。そうしたところ、その薬によって劇的に症状が改善したという。自分で薬を出しておいて驚いた。息子さんの執念が患者さんの生きる道を切り拓いた。愛の執念、恐るべし。
by ykenko1 | 2007-03-08 19:21 | 認知症関連 | Comments(0)

アットホームが良いとは限らない

前頭側頭型痴呆の患者さんで普段は暴言の多い方なのだが、回想法のグループワークの時にはきちんとした話し方をしたり、皆に配慮してユーモラスな話をしたりする。この患者さんにとってはグループワークの時のやや非日常の雰囲気によって、少しいつもと違うスイッチが入るらしい。考えてみれば普通人の生活というものは仕事や家の外での生活と家での生活の二通りを使い分けながら生活しているのが当たり前な訳で、つまりはオンとオフを使い分けながら生活しているパターンが長く続く。痴呆症になったからと言っていつもアットホームのリラックスした雰囲気が良いとは限らない。むしろ少し非日常の環境に身を置く時間を作ってあげることが、本人らしさを取り戻す契機にもなる。
by ykenko1 | 2007-03-02 18:51 | 認知症関連 | Comments(2)

『明日の記憶』

以前から見よう、見ようと思っていて見れなかったのだが、ようやく映画『明日の記憶』をDVDで見た。感じさせられる事、考えさせられる事、が多く勉強になった。

若年性アルツハイマー病の主人公とその家族の物語なのだが、若年性であるが故に突き付けられる様々な問題について知る事となった。私は老年期発症型の患者さんしか接した事がないので分からなかったことも多い。

改めて思ったことは、この病気が患者とその家族に与える試練とは「時間との戦い」なのだということ。一昔前に癌が不治の病だった頃、癌の与える試練もある意味で「時間との戦い」だった。癌の場合は短く区切られ、早回しされる「時間」が課題となる。一方、アルツハイマー病の場合は引き延ばされ、しかも(成長とは反対の意味で)逆行していく「時間」が提示される。その「時間」をいかに前向きに生きていく事ができるのか。その重みは当事者でなければ理解できないものであろう。

現在、様々な新薬の開発も進められている。本邦での状況もここ数年で大きく変わってくるであろう。少なくともそのように祈りたい。
by ykenko1 | 2007-03-01 00:36 | 認知症関連 | Comments(0)