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ジェフ・ホーキンス;『考える脳、考えるコンピューター』

a0010614_2213997.jpg『考える脳、考えるコンピューター』ジェフ・ホーキンス

金井さんのブログ(“脳と意識の最先端を目指そう”)に紹介されていた本。本屋で表紙や題名だけを見たら手に取る気にはならないだろうし、実際以前目にした事があったが気にも留めなかった。しかしこれがまた面白かった。(原書の見かけはそれなりの雰囲気なのに、翻訳本はどうしてこうも雰囲気が変わってしまうのだろう?)

ホーキンスさんは経歴が変わっていて、脳について研究し更にそれに基づいて人工知能を作りたいという目標を持っていたのだが、それを受け入れてくれる研究室がなかった。それでまずシリコンバレーでモバイルコンピューティングの分野で商業的に成功を収め、そのお金で研究室を自ら作ってしまったという人。こういう生き方もありなのか、と勇気づけられる。

それはそれとして彼の脳研究に対するアプローチが新鮮だ。どうしても脳科学者が脳を取り扱うときの手つきは軟体動物をいじくり回すような雰囲気があって、脳は所詮は生物の器官なのだからその機能はそんなにクリアカットなものではないという先入観がある。しかしホーキンス氏の手つきは脳をある種のマシーンとして見ていて、マシーンであるからにはそこには明確な目的やデザインがあるはずだ!というような意気込みである。

彼の仮説はとてもシンプルで「知能とは記憶による予測である」と言い切っている。特に予測という側面が重要だと。

彼の言う予測とは例えばこういう事である;
自分の部屋の中をただ何となく見回している。その時、いつもと同じような風景であれば何も意識にのぼることなく終わってしまう。しかしそこに青いコップがある。それが今まで自分の部屋にはなかったものだとすれば、すぐにそれに気が付くだろう。しかしなぜすぐに気が付くのか?それはヒトは何かを知覚する時に必ずある種の予測をしながら知覚しているからだ。自分の部屋ならこういうものがここにあって、それはこういう色をしていて…、と無意識のうちに予測しつつ見ている。しかしそこに予測と異なるものがある時、頭の中で警報が鳴る。「これは何だ!いつもと違うぞ!注意せよ!」という訳だ。我々の知覚は予測とともになされている。

このように捉えると何が良いのかというと、脳の大脳皮質の工学的な構造が理解しやすくなるのだ。例えば視覚の感覚入力を考えてみると、一次視覚野から二次視覚野へ、段々とより高次の領域に情報が伝達されていくのだが、神経繊維の連絡を見ると一方的ではなくて必ず双方向性の連絡があることが知られていた。しかしこれまで一方向の情報の流れしか注目されてこなかった。これが知覚においてより高次の領域に向かう上向きの流れと共に知覚に関する予測という下向きの流れが同時になされていると考えると、この双方向性の連絡の意味が明確化される。それだけではない。この双方向性の流れを運動出力の場合にもあてはめれば、運動出力という下向きの流れとそのモニタリングという上向きの流れという形で捉えられる。

上向きの流れは感覚や運動のパターンやパターンのシークエンスの情報が集約されいく方向である。一方、下向きの流れはシンプルな情報が具体化・詳細化されて展開されていく方向であり、これらは運動でも感覚でも共通のアルゴリズムとして理解される。この時、初めてマウントキャッスルが1978年に『大脳機能の構成原理』の中で予言した内容が現実味を帯びてくる。マウントキャッスルは大脳新皮質の構造がどこをとっても大変均質である事から、どの領域でも共通の機能、共通のアルゴリズムがあるはずだと主張していたのだ。

ホーキンスは皮質の6層構造やカラム構造の役割を「入力刺激の分類」「刺激のシーケンスの学習」「シーケンスに名前を付ける」「予測する」などひとつひとつのメカニズムと結びつけて考察しているが、これがまた工学的にクリアカットで分かりやすい!(生物の構造がこんなにクリアカットに理解できていいのか?)

批判すべき点として、情報処理のヒエラルキーのトップは何なのかということが気になる訳だが、彼は「大脳皮質の頂上=海馬」としているがこれはいかがなものか?いくら知能にとって記憶が重要だと言っても海馬がトップか?

それから彼はこの知能に関する理解を応用して人工知能を作ろうとしている訳だが、これはあくまでも大脳皮質の機能に過ぎない。脳の他の部分の役割は無視している。真に学習システムを作るためにはこの他にも報酬系や評価系が最低必要だろう。

欠点はあるにせよ、それを十分補ってあまりある知的興奮が得られた。けれどホーキンス氏は経歴が経歴なだけにオーソドックスな学会で認められるには時間がかかってしまうのだろうか?

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by ykenko1 | 2007-10-29 23:26 | AI, ロボット | Comments(0)

『身体を持つ知能』

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『身体を持つ知能』(脳科学とロボティクスの共進化)フランシスコ・ヴァレラ『身体化された心』と同じ路線の考え方で、工学的に知能を実現しようとするもの。元ソニーコンピュータサイエンス研究所の土井利忠氏が中心。インテリジェンスダイナミクスの考え方に基づき、新しい環境の中でも自律的に振る舞い、適応し、発達学習するロボットの開発を進めている。一つの身体で複数のタスクを学習する事ができるMINDY(Model of INtelligence DYnamics)は素晴らしい。

本書の中で脳科学者の伊藤正男氏がヒトの小脳には運動のモデルのみならず思考のモデルがある(例;自閉症の小脳の異常)とする考え方を示していたが面白い。
by ykenko1 | 2007-07-24 16:20 | AI, ロボット | Comments(2)