カテゴリ:日本人研究者( 10 )

がんばれ!日本人研究者(10);松本元パート3

  松本氏によれば、コンピュータの目的は(入力された情報を処理して)出力すること、脳の目的はアルゴリズムの獲得形成すること(=成長すること)、だという。自分の脳は日々、成長しているだろうか?反省させられる。
by ykenko1 | 2004-08-15 21:53 | 日本人研究者 | Comments(4)

がんばれ!日本人研究者(9);松本元パート2

  多少、前回の繰り返しになるが、脳の研究者は脳が既に獲得したアルゴリズムについて研究する場合が多い。しかし、松本氏はそれ以上に重要なことは、脳がもっているアルゴリズムを獲得するためのアルゴリズムの研究である、と指摘している。そのために「脳を創る」研究を手がけた。
  これまで神経科学者が考えてきた脳に関するモデルとしては「感覚器官を通した情報の入力」→「脳による情報処理」→「運動器官を通した出力」というものがある。それは基本的には環境からの刺激(Stimulation)に対して何らかの反応(Response)がある、という単細胞生物にも成り立つようなSR理論の延長線上の考え方であった。また別の見方からすれば、これは従来のコンピュータ型の情報処理過程にも似ている。つまり「情報の入力」→「あらかじめ定められたアルゴリズムの基づいた情報の処理」→「情報の出力」という過程である。
  しかし松本氏の考え方はこれとは違っていた。脳は学習によって自らの内部世界を作り、そこにまずさまざまな問題に対する答えのテーブルを作る。入力情報はそのテーブルの中の答えを検索するための検索情報に過ぎない。そして脳からのすべての出力はあらかじめ用意した答えの中から選ばれ、言動などの出力となる。
  例えて言えば、脳とは様々な計算をしてくれるアプリケーション・ソフトというよりも、すでにいくつもの答えが用意されている中から選び出してくるインターネットの検索エンジン(googleなど)に近い働きをしているということだ。
  脳の中に過去の学習によって用意されている答えとは「仮説」として考えられる。いくつかの「仮説」の中からあるものを選び、出力する(言動に移す)。そしてその「仮説」がふさわしいものであれば、その「仮説」は強化され採用されることが増える。彼はこのような脳の戦略のことを「仮説立証主義」と呼んでいる。
  彼はコンピュータと脳の情報処理の違いを「固い情報処理」と「柔らかい情報処理」という言い方もしている。「コンピュータが出力するためには、必ずそのためのプログラムがあらかじめ備わっていなくてはならないのに対し、脳ではプログラムがなくても出力し、その結果プログラムが形成あるいは変更される。」「入力情報から出力をする必要性を強く受け取ると、脳は適当な答えがなくても何らかの答えを出して対応することで成長するのである。」(=出力依存型学習)「コンピュータは情報に対応するのではなく反応するのにすぎない」
  また社会の危機管理システムについてもこの「固い情報処理」と「柔らかい情報処理」の視点から鋭い指摘をしている。現代の日本のようにマニュアル化された社会が完璧に機能するためにはマニュアルが完璧なものでなければならないが、実際には完璧なマニュアルなどありえない。必ず不測の事態が発生する。固い情報処理システムは何かの事件が起こってからはじめてそれに対するプログラム(マニュアル)を作る。しかし柔らかい情報処理システムは未来が予測できない不確実な状況のなかでも過去のわずかな経験にもとづいて仮説を立てて被害を最小限に食い止めるような対応をする。

参考書;
   『愛は脳を活性化する』松本元著(岩波書店)
   『Clinical neuroscience;特集脳とコンピュータ』1998、Vol 16、No11
       ー「脳とコンピュータの比較」松本元(p14〜18)ー
by ykenko1 | 2004-08-08 20:12 | 日本人研究者 | Comments(3)

がんばれ!日本人研究者(8);松本元パート1

   理化学研究所、脳科学総合研究センター、ブレインウェイ(脳道)グループディレクターの松本元(まつもとげん)氏の死を知ったのは最近のことだ。まだ60代。まだまだこれからの人物であったのに大変残念でならない。ご冥福を心からお祈り致します。
  松本氏は脳を「情報を処理するための自動アルゴリズム獲得システム」として位置づけていた。普通のコンピュータはアルゴリズム自体は人間が作成するものである。しかし脳は自らアルゴリズム自体を作り出し、それに基づいて戦略を立て、行動する。自然界にはもうひとつ「自動アルゴリズム獲得システム」がある、と言う。それは遺伝のシステムである。遺伝の場合のアルゴリズムはDNAの順序列として表現されるが、それは偶発的に生じた変異が環境との相互作用の中で適合性が試され、適合していると認められたものだけが生き残るという戦略である。
  氏は鳥のまねをして人間が飛行機を作る中で鳥の飛行の原理自体を理解していったのと同じように、脳型コンピュータを作る中で脳を理解しようとするアプローチを取っていた。彼はそのアプローチを「脳の構成的研究」とも呼んでいた。
  氏の著作には『愛は脳を活性化する』 というロマンチックな著作もあるが、もともとはヤリイカの単一巨大神経細胞で行われる情報処理や伝達の研究を行うために、不可能とされていたヤリイカの飼育を世界で一番はじめに成功させるところから研究を出発させている。とんでもない苦労から出発した。真に創造的で挑戦的な研究者であった。
  次回につづく。
by ykenko1 | 2004-08-02 01:34 | 日本人研究者 | Comments(4)

がんばれ!日本人研究者(7);梅沢博臣・保江邦夫・治部真理

   クオリアの問題(2004.5.1.クオリアについて)を考えようとするときに、私はどうしても量子力学の観測問題が一緒に浮かんできて、この二つの問題は何らかの形で関係があるというように思われて仕方がありません。また量子力学の確率的因果論の中に人間の自由意志が存在する可能性があるのでは、とも考えています。ただその場合に問題となってくるのが量子力学はあくまでも素粒子というミクロのレベルを取り扱っているので、それをそのまま脳のようなある程度のマクロのレベルにもってくると「シュレディンガーの猫」のような矛盾性をきたしてしまいます。
  このように心脳問題と量子力学を結びつけようとするときに生じる大きさのレベルの問題を解決できるかもしれないと思わせてくれるのが、場の量子論を発展させた「梅沢・治部・保江」の量子脳力学です。
  彼らはマクロの物体のことを巨視的凝集体と呼んでいますが、脳組織のことを頭蓋内の電子場と核子場の巨視的凝集体としてとらえています。電気的なプラスとマイナスが少し位置的にずれた形に配置されている構造のことを電気双極子と呼びますが、彼らは脳の70〜80%を構成している水の電気双極子場の集団運動(ポラリトン)に焦点を当てます。水は脳細胞の内と外に存在します。また細胞にはその形を支える構造として微小管(マイクロチューブル)が存在しますが、治部らは微小管が極短幅のパルス光(超放射光)を放射する量子光学的活性をもつことを示しました。またこのようなパルス光は微小管内を減衰することなく伝搬することも発見しました。このような細胞内の微小管によりパルス光の量子光学ネットワークが張り巡らされ、また細胞外の水の電気双極子場の集団運動が互いに干渉しあってつくられる波の量子化された運動とあいまって形成されるのが量子脳力学からみた心の物理像だ、と主張しています。
  微小管は脳細胞だけではなく全身のすべての細胞の中に存在するのですが、脳は頭蓋骨によりある種の密閉された環境にあるのでそのことによって特に上記のような現象が強く現れるのではないか、と保江は推論しています。

参考書;『脳と心のバイオフィジックス』〜「心の量子論」保江邦夫〜(共立出版)
    『脳と心の量子論』治部真理・保江邦夫(講談社ブルーバックス)
by ykenko1 | 2004-07-24 11:38 | 日本人研究者 | Comments(2)

がんばれ!日本人研究者(6);清水 博

  今回は、清水 博氏にスポットを当てます。(きっと誰かに懐かしいですね、なんてコメントされそうですが、それは気にしないでやります。)氏は若い頃にテーマを「生きているとはどのようなことか?」ということに絞って研究の世界に身を投じます。しかし、既存の研究方法のなかに氏にとってピンとくるようなものがなかったために自分自らが新しい分野を切り開いていくことになります。氏にとっては生きているものをバラバラにして理解しようとするのではなく、生きているものを生きているままにとらえたい、というのが願いでした。
  彼がそのために対象としたのが筋肉収縮の分子機構です。筋肉はアクチンとミオシンという2種類の繊維から成り立っていますが、ATPと言う物質を分解する化学エネルギーを非常に効率よく力学的エネルギーに変換していて、未知の熱力学的原理によって動いているエンジンのようなものと言えます。彼はその研究のなかでダイナミックに秩序を自己形成していくメカニズムを見い出します。その中から生命とは絶えず情報を生成し続けるシステム(情報発現系)であるという考えに到達します。また全体のなかでそのときどきの「場の情報」を受け取りながら多義的な機能を果たしていく要素を「関係子」と命名して新しい概念を展開します。(ところで清水博氏に関係子という名称を提案したのは松岡正剛氏だそうです!)
  これだけでも大したものだと思うのですが、さらに凄いと思うのは筋肉の研究が一段落すると今度はさらにまったく違う分野の研究を通して、「生きているということ」を解明するためにチャレンジします。彼の次なるターゲットは脳でした。ニューロン・ネットワークの働きを関係子の観点から研究し、新しい観点を提出しています。
  自己実現の心理学で有名なアブラハム・マズローは「自己実現者(創造的な人間)は手段よりも目的の方に引きつけられる」と語っています。凡庸な人間(私も含めてですが…)は、目的を見失って自分の手近にある手段によって出来ることは何かを探そうとします。その点、清水氏が当初の目標を見失うこと無く次々と新しい分野にチャレンジする姿はまさしく自己実現者だと考えざるを得ません。
  さらに私が清水氏に注目している点として、単なる「情報」ではなく、その情報が運ぶ「意味」について研究のテーマとしている点です。
  氏の著作は哲学的な部分が多いですが、具体的な研究テーマとそれに基づいて独自の哲学を展開している姿勢には説得力があります。

参考書;『生命を捉えなおす』(中公新書)
参考web;MEDIA TRASH-清水博インタビュー
by ykenko1 | 2004-07-14 00:11 | 日本人研究者 | Comments(2)

がんばれ!日本人科学者(5);坂村 健

  坂村氏は本当は複雑系の研究者ではなくて、コンピュータ・エレクトロニクス関係の研究者ですが、発想が複雑系の考え方に近いと思われたので紹介します。
  氏は知る人ぞ知る、TRONというOSの開発をした方です。TRONとは携帯電話とか家電製品などに組み込まれているOSで全世界の半分ぐらいのシェアを占めているもの。かつてのコンピュータ業界の未来像はパソコンを中心に家電製品などがすべて統合されてコントロールされていくイメージでした。しかし、現実はあつかいに慣れるまで時間がかかりハードルの高いパソコンよりもあつかいやすい携帯電話などを中心としてカメラやインターネットやテレビなど展開しています。今後は携帯電話でエアコンをコントロールしたり、切符の代わりになったり、自動販売機も携帯で買えるようになったりする方向のようです。あのマイクロソフトも家電製品関連にも手を伸ばそうという戦略があったのですが、そのときにすでに市場のシェアを大きく占めているTRONを無視することができず、マイクロソフトがTRONの下に位置するような形での提携を結ぶことになりました(たしか去年か、今年のはじめのこと)。
  私は坂村氏の優秀さのみならず発想がすばらしいと思っているのですが、氏はコンピュータのOSは社会のインフラなのですべてオープン・ソースにして無料で配布しなければならないという信念を持っています。そうでなければ故障したときにすぐに修理できないし、水道やガスや電気といったインフラを開発した人々はそれで金もうけしたりしないだろう、という訳です。どこかのOSのようにソースを秘密にして、金儲けするやり方とは対照的です。 
  氏は最近はやりのユビキタス・コンピュータを世界で始めて提唱した方でもあります。小さなコンピュータ・チップのようなものをいろいろなものに貼り付けてしまうのですが、それによってたとえば食品がどういう製造過程を経てどういう温度環境を通過して今に至ったのかという情報をすべて記録させたり、薬と薬に貼り付けておいて相互作用がある薬を近づけると警報がなるようにしたり。ものに貼り付けておいてものをどこかになくしてしまった場合にそのものに電話をかけるとその場所を音で教えてくれる、なんていう使い方もあるようです。 
  氏は東京大学情報学の教授。中心集中型のコントロールではなく中心分散型のコントロールという発想が複雑系だと思いませんか?

参照;どこでもコンピュータ革命
by ykenko1 | 2004-07-03 10:44 | 日本人研究者 | Comments(6)

がんばれ!日本人研究者(4);茂木健一郎パート2

  茂木氏の新しい『脳内現象』を読んだので、その感想を含めてパート2を書いてみます。
  『脳内現象』で茂木氏はホムンクルス仮説を新しい形で取り戻すことを主張していますが、これには私も驚きました。驚きましたが、その後納得しました。ホムンクルス(=小人)仮説とは人間の意識の起源を説明するときに脳の中に小人のような存在が脳の活動を観察していてそこから意識が生まれるのだと説明するものですが、現代科学では明確に否定されている考え方です。なぜなら例えそのような存在を仮定したとしてもそのホムンクルスの意識の起源はどうなのか、と尋ねられたときには答えられないからです。
  脳の情報処理の性質として一度にいくつもの情報を処理するという並列性とそのように処理されたさまざまな情報を整理して統合された形で行動に移していくという統合性があります。そのような並列性と統合性を合わせもちながら人間の意識が立ち上がっている。しかしそのような性質が成り立つためには脳の中の神経活動を一挙に見渡すような視点(彼は「小さな神の視点」と呼んでいます)が必要である。またコンピュータのように順番に計算していくような情報処理システムでは意味の問題をあつかうことができず、意味の問題をあつかうことができるのは私という中心化の核をもつシステムであってこそ可能である。そのように考えるとどうしてもある種の新しいホムンクルスを検討しなければならない。氏はそれを「メタ認知的ホムンクルス」仮説として提案しています。
  氏はこの仮説を今年アメリカのツーソンで開かれた「意識の科学に向けて」という国際会議で発表した。茂木氏としては強い反発を予想していたそうですが、それほど反発もされずに自然に受け止められ少し拍子抜けしたとのこと。意識に関する研究者のなかでもいろいろと大胆な仮説を提案する人がいるようで、哲学者のデビット・チャーマーズなどは「サーモスタットにもある程度の意識がある」と言っているそうです。(へぇ〜!って感じですね。)
  『脳内現象』で茂木氏が心脳問題でその解明に向けてまた一歩前進されたことに興奮しています。

トラックバック;クオリアから、近く(知覚)離れて
by ykenko1 | 2004-06-27 17:51 | 日本人研究者 | Comments(13)

がんばれ!日本人研究者(3);茂木健一郎

  私が茂木氏の『脳とクオリア』(日経サイエンス)を通してクオリア(2004.5.1.クオリアについて)と言う概念に出会ったことは以前書きました。茂木氏は脳科学の研究者で現在はソニーコンピュータサイエンス研究所のリサーチャー。
  茂木氏がクオリアという概念に出会ったのは1994年2月に電車に乗っていたときにガタンゴトンというその音が今までと違った特別なものとして自分に迫ってきた体験がきっかけだった。その後ずっとそのことが気になっていたところクオリアという概念を知って自分のその体験がまさしくクオリア体験だったと理解できたと言う。
  氏はクオリアこそが脳と心の問題のなかでもっとも難しい問題として位置づけ、また自然科学者、数学者、芸術家、宗教家、心理学者、社会学者、全ての分野の優れた知性が共同する領域横断的な研究が必要なエキサイティングな知のチャレンジである、としています。氏は現在、クオリア・ムーブメントの中心です(クオリア・マニフェスト)。
  氏の主著である『脳とクオリア』では脳の中のニューロンの発火現象のみから出発してどのように意識が生まれるかという問題に真っ正面から取り組んでいますが、誰も手が付けられない問題に手探りで格闘している姿が伝わってきます。元々、氏が東大の理学部を卒業した理学博士であるので相対性理論や量子力学やツイスター空間やらが縦横無尽に出てきます。「認識におけるマッハの原理」「相互作用同時性の原理」「(シャノンを越える)新しい情報の概念」「私は原理的には決して死ぬことはない」「自由意志はあるのか」等、様々な仮説や問題提起はとてもエキサイティングです。私は複雑系の中でもこのクオリアの問題は最もエキサイティングな問題だと感じています。
  茂木氏はクオリアの問題を進化論的な観点から理解することはできないと考えています。以下に氏の言葉を引用してみます。
  「クオリアを、進化論的な観点からとらえるのはクオリアの本質を見過ごしているということである。今日、脳の構造を含めて、すべての生物学的特徴を、その淘汰上の利点から考えるのは、当然のことのようになっている。実際、巷には、意識がどのような淘汰上の「利点」を持つから進化してきたのかを論じる論文があふれている。私に言わせれば、私たちの心の持つ属性、とりわけクオリアは、その淘汰上の利点とは独立して論じられなければならない。…音楽はクオリアの芸術である。音楽という芸術の起源を、その淘汰上の利点から説明しようとする試みは、本質をとらえていない。…誤解されることを恐れずに言えば、「クオリア」の問題は、古来「プラトン的世界」と呼ばれていた、理念や概念の世界の実在性と深い関係がある。だからこそ、クオリアは、心脳問題のエッセンスであることはもちろん、より広い意味でもわくわくするほど興味深い問題なのである。」(p174〜175)
  6月24日には『脳内現象』(NHKブックス)という新しい著書を発売予定。発売が待ち遠しい。

トラックパック;コンピュータと脳について、思いのままに
by ykenko1 | 2004-06-20 19:18 | 日本人研究者 | Comments(8)

がんばれ!日本人研究者(2);上田睆亮(よしすけ)

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  上田氏(京都大学電気工学科教授)はすでに世界のウエダ先生ですから、私のようなものががんばれ!などとエールを送るような立場ではないのですが、日本人の偉大な研究者ということで紹介させていただきます。それでこれもすでに一度書きましたが、世界で一番最初にカオス現象を発見したのが上田氏です。一般的には気象学者のローレンツが有名になっていますが、上田氏が1961年、ローレンツが1963年に発表しています。
  上田氏はすでに博士課程の1年のときにカオス現象に着目し、平日には他の研究を進めながら、アフターファイブや土日を使ってコンピュータでのシュミレーション実験を行っていました。日本では海外での研究結果に基づいてそれを発展させる形での研究を行うスタイルが多い中で、上田氏はまったく独自の観点で独創的な研究を押し進め、そのためなかなか周囲から理解されずに大変苦労されたようです。そしてその研究はむしろ海外の研究者によって注目されました。例えば最初に「カオス」という言葉を使ってカオスブームに火を付けた李天岩(リ・ティェンイェン)やジェームズ・ヨークも上田氏に早くから注目しました。
  上田氏の若い研究者への言葉;「若い人に私が言いたいのは、あまり他人の言うことを気にしては駄目だよ!自分の好きなことを一生懸命やりなさい!」「とにかく自分で汗を流しなさい。研究は頭だけでは出来ないのです。」
(図はニューヨークのブルックヘブン国立研究所に永久保存されている上田氏のカオスのオリジナルデータ。1961年11月27日の日付になっている。)

参考書;『複雑系を越えて』
by ykenko1 | 2004-06-13 15:42 | 日本人研究者 | Comments(7)

がんばれ!日本人研究者(1);稲垣耕作

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  アテネ・オリンピックの応援団のようなタイトルですが、同じ日本人としてやはり複雑系の分野でも我が国の研究者にがんばってほしい訳です。それで今回から私が注目する日本人研究者を何人か紹介してエールを送ってみたいと思います。第1回目は京大の情報学研究科助教授の稲垣耕作氏です(稲垣耕作のホームページ)。
  砂山の上から砂を少しづつ落としていったときに雪崩がおきます。そのときに雪崩の規模と頻度を両対数グラフにプロットすると右肩下がりの直線上に配置されます。このように両対数グラフ上で直線上に分布する現象を「ベキ乗則」といいます。(参照;ベキ法則って?)このような現象は地震の大きさと頻度や人口の多さと人口の多さの順位とかぎざぎざの海岸線のフラクタル図形などでなりたつと言われています。稲垣氏は最先端の画像認識ソフトを作成してそのソフトによって新聞紙面を認識させる中で「超指数法則」を発見しました。それは人間が認識するデータは「平方根が階層的に積み重なった数値法則」に従っている可能性があるというものです。実際のデータでは画像を構成する点の数の平方根が画像認識の基本とする要素数に近く、その要素数の平方根が画像の中で写真や見出しなどのまとまりのある単位の数になり、そしてその単位数の平方根程度が記事の数になるという階層性があるとのことです(図を参照)。この研究は『パターン・レコグニッション』という国際学術誌で1984年のベスト・ペーパーの一つに選ばれました。
  彼は超指数法則の先に生命現象に伴う「計算万能性」という概念を発見します。計算万能性というのはコンピュータと同じ計算能力をもっているという数学的性質のことで生命現象にそのような情報処理のメカニズムが付随しているというのです。そして彼は以前紹介したウルフラムのセル・オートマトンやカウフマン・ネットワークにおいて計算万能性の条件がなければ創発現象が起こらないことを証明しています(創発現象とはいくつかの因子が相互作用していく中でこれまで無かった新しい次元の性質が生み出される現象のこと)。
  さらに彼は情報物理学という新しい学問を提唱しています。彼の予想では素粒子レベルのある種の性質が生命体を構成する物質分子に計算万能性を発現させているはずで素粒子レベルにおいて情報と物質の両法則の接点が解明される可能性があるとしています。そして素粒子レベルにおいてすでにそういう性質を伴っているとすればこの宇宙は生命と知能を生み出す必然性をもって誕生したのかもしれないと指摘しています。
  今後、世界的に注目される科学者の一人だと確信しています。

参考書;『複雑系を超えて』筑摩書房
by ykenko1 | 2004-06-06 20:56 | 日本人研究者 | Comments(3)