現代数学

訳あって『はじめての現代数学』(ハヤカワ文庫ノンフィクション)、『現代数学小事典』(講談社ブルーバックス)を読んでいるのだけれど、面白いねえ、現代数学!
# by ykenko1 | 2011-03-30 12:41 | 科学など | Comments(0)

笑いについて

 笑いとはシステムにとってのゆらぎである。ゆらぎを失ったシステムは、硬直化し新しいものを生み出せなくなる。何故なら全ての新しいものはゆらぎから生まれるのだから。
# by ykenko1 | 2011-03-25 08:10 | 人生、哲学 | Comments(0)

Sporns, “Networks of the Brain”

a0010614_15103687.jpg Sporns,“Networks of the Brain”を読んだのだけれど、Buzsaki, “Rhythms of the Brain”を読んだ時のような衝撃を受けた。本書のテーマは最近のネットワーク科学と脳科学を結びつけることである。
 ネットワークの分析にはグラフ理論を用いており、スモールワールドネットワークとかスケールフリーネットワークとか、そういう話がバンバン出て来る。Spornsによれば、脳のネットワーク構造としてはスモールワールド性が強いとのこと。
 また構造的なニューロンの連結(structural connection)と機能的なニューロンの連結(functional connection)の二つの観点から脳のネットワークを見ている。前者は空間的な構造分析で最近はMRIのテンソール画像などでニューロンの走行が非侵襲的に調べることができる。後者は時間的な構造分析で同じ時間に活動しているニューロンや時間的に関連した活動をしているニューロンを見るもの。
 本書の中で一番目から鱗だったのは、ネットワークのハブにあたるのが脳の内側面に集中していることだ。各連合野はハブではなく機能的クラスターとしてモジュール構造を形成していて、それらをつなぐハブが内側面に位置している。Midline structureが自己言及的な自己意識と関連している(TRENDS in Cognitive Science Vol.8, No.3 March 2004)ことは知っていたのだけれど、それがまた別の側面から裏付けられた印象だ。
勉強になった事(1);人間に意識がある時にもっとも大脳皮質の中で賦活化されているのは楔前部precuneusであり、逆に無意識の状態の時にもっとも活動レベルが低下しているのも楔前部である。

勉強になった事(2);Default mode network。このネットワークは内側面に位置していて、通常賦活化されているが、注意を要するような課題が与えられると却ってこのネットワークは抑制される。

 統合失調症では課題が与えられた時でもdefault mode networkが抑制されず、前頭葉内側面と後頭葉内側面の連結性が過剰になっていると言う。統合失調症の患者において外界に中々注意が向けられず、自己の内界にばかり意識が行くために妄想の世界から抜け出す事ができない様をよく表現していると思う。
 アルツハイマー型認知症に関してもある洞察を得る事ができたが、これは今後の自分の研究課題としてここには書かない。
 そんなこんなでお勧めの一冊。

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# by ykenko1 | 2011-02-13 15:13 | 脳科学 | Comments(0)

情報をエネルギーに変換?!

中央大学と東京大学の共同研究で「情報をエネルギーに変換することに成功」

PDF版。

togetter。

Takahiro Sagawa Web Site

こういう話には感動する!

マクスウェルの悪魔を実験装置として現実のものにした。

しかし、「情報をエネルギーに変換」ではなく、「ミクロのゆらぎのエネルギーを情報処理とフィードバック制御の過程を通してマクロなエネルギーとして取り出した」と言うことなのだと思う。つまり「情報を利用してエネルギーを取り出した」と言う事。エネルギー保存則やエントロピー増大則を侵している訳ではないようだ。

新しいエネルギー源になるのだろうか?エネルギー産出の効率はどうなのか?ナノマシーンの動力源などに使えないだろうか?

興味は尽きない。


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# by ykenko1 | 2011-01-19 22:28 | 科学など | Comments(0)

郡司ペギオ幸夫『生命壱号—おそろしく単純な生命モデル』

  最近は複雑系の本を読む事から大分離れていたのだけれども、本屋で郡司ペギオ幸夫氏の『生命壱号—おそろしく単純な生命モデル』(青土社)を見つけて、思わず購入してしまった。大変、興味深く、またその高度な内容に感銘を受けたのだけれど、一番強く感じたのは「今の時代は哲学と自然科学の境界が曖昧になりつつある」と言う事だ。
  研究の分野としては構成主義的生物学と言うことになるのだと思う。つまり、ある比較的単純な生命のモデルを作ってその振る舞いを観察しながら、現実の生命についての洞察を得ようとするもの。構成主義的生物学に関連すると思われる本はこれまでに金子邦彦生命とは何か』(レポート①レポート②レポート③レポート④レポート⑤)や、池上高志動きが生命をつくる』を読んだ。それぞれが共通する方法論を持ちながらも、その出発点や目標とするところが異なることから、その論理展開も異なっている。
  金子氏は化学反応のネットワークを出発点としながらそのモデルを作り、シュミレーションの結果と大腸菌による実験結果等と比較し、その妥当性を検証している。池上氏の出発点はロボットで、その背景には認知の身体化(embodiment)に関する興味があって、ダイナミカルカテゴリーの話などが出て来る。郡司氏の出発点は生命の本質を「全体と部分の両義性」にあるとして、そこを出発点として非常に単純なモデルを作っている。つまり出発点がとても哲学的で演繹的なのだ。しかしもちろん現実の生命現象との比較検討(真性粘菌における実験)は行っていて、そういう部分は自然科学なのだけれど、半分は哲学の分野に足を突っ込んでいる。そういう方法論に関して異論を唱える向きもあろうけれども、逆にそのようなアプローチ故にその後の論理展開はクリアカットで分かり易い。様々な応用も可能だ。
  哲学と自然科学の境界が曖昧になってきていると書いたけれども、郡司氏の著書の中では思考実験が単純なプログラム化され、そのシュミレーションの振る舞いが観察される。それは丁度、抽象的世界の動物行動学の様でもある。
  氏の作った生命モデル“生命壱号”は2次元セルオートマトンである。それには内と外があり、外部からの撹乱があり、過去の履歴を現在の行動の中に取り込む履歴依存性がある。外部からの撹乱は食物の取り込みと排出と考えることもできるし、認知的に捉えれば生命にとってのある種の「経験」と考えることもできる。履歴依存性は過去の自分の振る舞いを利用するものなので、自己言及性でもある。生命壱号の運動にはアメーバ運動とネットワーク形成運動があり、認知の様式には探索と利用がある。それらは計算論的に言えば、それぞれ開かれた計算と閉じた計算を意味している。生命壱号は単純でありながらも成長したり、複製したり、問題を解いたりする。
  郡司氏の問題意識の中心を「全体と部分の両義性」と書いたが、実際には著書の中では「タイプとトークンの両義性」と表現されたり、「マクロとミクロの問題」と表現されたりする。タイプとトークンとは記号の使われ方の種類で、タイプが一般概念でトークンが個別的具体例である。例えばコーヒーと言ったら飲み物の中のコーヒーというカテゴリーを指す場合と目の前にあるカップに入り湯気を立てている具体的な個物を指す場合がある。タイプとトークンの両義性は存在論的構造でもあり、認識論的構造でもある。氏はこれらの生命現象における両義性の問題について、多くの場合どちらからに還元されて理解しようとするアプローチになってしまうことについて、嘆いている。むしろタイプとトークンの媒介層、あるいはマクロとミクロの中間層が重要であり、本質であると主張する。マトゥラーナ&ヴァレラのオートポイエーシスウォルフラムのセルオートマトンも両義性の問題を単純化してしまい、本質をつかみ損ねている。オートポイエーシスとは自己制作であるが、そこでは環境としての自己(大文字の自己)と作られる自己(小文字の自己)が論じられる。大文字の自己も小文字の自己も未定義で徹底的に不定に留まらなければならないのに、何か確実に実在するもののように取り扱われている。ウォルフラムのセルオートマトンにおいては臨界現象としてのクラス4が生命現象のメタファーとして用いられているが、それも結局は決定論的カオスと周期的振動の共立に過ぎない。そこにおいてはマクロな現象は結局ミクロなルールに還元されてしまっている。郡司氏は生命壱号式セルオートマトンとしてウォルフラムのセルオートマトンのルールに一段階メタなルールを挿入する事で真の意味での創発現象を可能にする1次元セルオートマトンを提案している。それは観測者の載った計算システムであり、マクロとミクロの間に内部観測者を置いたシステムである。
  本書を読む中で西田幾多郎の「絶対矛盾的自己同一」という言葉を思い出した。今後も抽象世界と現実世界のスリリングな対話に注目していきたい。

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# by ykenko1 | 2010-12-30 09:45 | 生物学 | Comments(2)

ゆらぎの発見

過去において複雑系の勉強をしてきたのは、それを通して人間や人生や社会について理解したいという考えがあった。

その中で一番自分にとって重要は発見は「ゆらぎ」であろう。

自然現象はすべてゆらいでいるけれども、人間にとって、あるいは人生にとって、ゆらぎに注目することがとても重要な観点であると言う事を学んだ。

我々の人生においては、ゆらぎの中から多くのとても大切な現象が立ち上がるのだ。

(ゆらぎ→ポジティブフィードバック→ロックオン)
# by ykenko1 | 2010-08-25 15:54 | 人生、哲学 | Comments(0)

精神疾患と身体疾患

 現在、精神科研修で妄想性障害(統合失調症含む)・気分障害・不安障害などの患者さん方を診させて頂いている。

 感じる事は身体疾患の診断と治療が直線的であるとすれば、精神疾患の診断と治療は円環的であると言う事。

 精神医学の奥深さを堪能中。

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# by ykenko1 | 2010-07-14 22:57 | 心理学・精神医学 | Comments(0)

逆境において

逆境の中において環境が自分の思うようにならない時は、自分の能力や人格に磨きを掛けることに集中して乗り越えて行くしかない。
# by ykenko1 | 2010-02-22 07:02 | 人生、哲学 | Comments(0)

円環的思考と直線的思考

円環的思考の良いところは、直線的思考と違って原因を究明する必要がないこと。とにかくどこかでループを断ち切れば良い。

直線的思考を導くのはロジック。円環的思考を導くのはパターン認識。
# by ykenko1 | 2010-02-20 18:40 | 認識論 | Comments(0)

Google Chrome for Macをダウンロードしたらウイルスにやられた

Google Chrome for Macをダウンロードしたらウイルスにやられてしまった。それ以来、メールソフトの調子がおかしいので、メールソフトを変えざるを得なくなった。ウイルス対策ソフトはノートン・アンチィルスを使っているのだが、「ファイルを修復できません」と表示される。ノートンはイマイチか?
# by ykenko1 | 2010-02-07 06:09 | その他 | Comments(0)