『生命とは何か』を8割がた読んだ。仕事の合間に読んでいるので時間がかかるし、味わいながら読んでいるのでさらに時間がかかる。
この書は分子生物学への批判から始まっている。分子生物学の流れは半世紀前からのものだが、その出発はこれまでの生物学が行動観察や分類といった博物学的な手法から脱皮して、分子の世界から生命現象に光をあてることによって、より普遍的な法則性を見い出していこうとするところにあった。しかし、実際はどうか?ヒトの遺伝子のすべての役割を明らかにしていくヒューマン・ゲノム・プロジェクトが代表だが、それぞれの遺伝子の役割を枚挙する、代謝ネットワークを枚挙する(例;大腸菌の複雑な代謝ネットワーク)など枚挙主義に陥ってしまい、それが必ずしも全体的な見通しを立てたり、普遍的な法則性の発見につながっていない。 またこれまで生物研究を困難にしてきた大きな要因のひとつが、進化も含めた歴史的履歴の問題である。つまり現在、我々の目の前に存在するすべての生物は地球上のさまざまな出来事や生物同士の相互作用の膨大な歴史的過程を背負って立っている。そのことにより、目の前の生物の観察や研究が生命現象の本質の解明に必ずしもつながらない。あまりにも重層的で複雑な要因が絡み合っているからだ。 上記のような問題に対して金子は以下のようなアプローチを取る(構成的生物学の立場)。まずは化学反応のネットワーク系を基本におく。それがどのような物質・分子の化学反応であるかを問わない。これまでによく知られている化学反応の数式を用いてコンピュータ・シュミレーションを行い、その振る舞いを観察する。(ここにおいて重要なファクターが生命現象にみられる“ゆらぎ”である)その結果を簡単な生物(例えば大腸菌)を使った実験系において確認する。このような方法論によって、生命現象の本質的な要素、自己複製・分化・発生・進化・遺伝子の起源などの問題をひとつひとつ解明している。その際に、それが必ずしも地球上での生命現象そのものの解明を目指すのではない。もっと普遍的にこの宇宙のどこにでも成り立つ(例えば他の惑星上でも)法則性の解明を目指す。(そのことによって地球上の歴史的履歴によらない純粋な生命現象の探求が可能になる。) ひとつの細胞の中のいくつかの物質(n個)に注目し、その量や濃度を用いてn次元の状態空間を描くと、その細胞はn次元空間の中の一点として表現される。細胞はそれ自体内の化学反応のゆらぎや細胞間の相互作用により状態が変化するので、状態空間の中である軌跡を描く。その軌跡の分析にカオス力学系の考え方が有用であることも示している。 ラングトンやウォルフラムらの人工生命の研究(コンピュータ上で生命のような振る舞いを示すプログラムの観察など)と似ていると考える者もいるかもしれないが、それらとは別のものだと金子は主張する。なぜなら人工生命の研究では生命現象があくまでも計算的なものと仮定して話を進めているが、それは必ずしも自明なことではなく、もっと広い観点からの生命現象の探求が必要と考えられるからだ。 (つづく)
by ykenko1
| 2005-05-11 13:28
| 生物学
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Comments(6)
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blogbebe at 2005-05-11 21:24
ワオ!助かります!!
実は平日は忙しくて(あとはどちらかというと専門の本を読んでしまっているので)まだ読み始められていないんですよー でも、こういうお話が聞けると実際読むときとても助けになりますので!
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ykenko1 at 2005-05-11 21:58
こんな文章でもお役に立てれば幸いです。
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homeandhome at 2005-05-12 21:58
関係性ですか・・・今日職場で烏賊の血の話をしていました。烏賊の血は緑色(銅イオン)の色ですが、私たちの血の色は赤(鉄Ⅲイオン)の色です。だけれどもやる仕事とすると「酸素を運ぶ」という同じ仕事をしている。それは「酸素」という猛毒を飼い慣らすために生物が取った戦略で、その物質は「酸素が運べる物質」なら何でも良かったんだという話をしていました。私たちはそうやって偶然を必然にして生きているのかもしれませんね。
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ykenko1 at 2005-05-12 22:16
酸素という猛毒を飼いならした生物の戦略というのは、すごいものがありますね。すべてがカオスとか複雑系の科学だけで解き明かすことができるのではないのかもしれません。
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halfmoon81 at 2005-05-13 19:16
こんばんは。 私も、こちらのブログを読んで気になっていた本の内容でしたので、興味深く読みました。分子生物学とは異なった方法で進化を含む生命現象にアプローチしていく、新しい学説なのでしょうか。
続きを楽しみにしています!
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ykenko1 at 2005-05-13 21:15
ありがとうございます。結局、分子生物学もこれまでの生物学同様、博物学に近い方法論(分類と枚挙主義)でしかなかったのだと思います。化学反応を問題にするにしても、その分子を問題にせず、生物の状態を状態空間の中に表現することによって、統計力学や熱力学、カオス系などの力学系の考え方を導入することを可能にしました。
私に取っては、現代の自然科学の方法論の基礎作りをしたガリレオ・デカルト・ニュートンなどの仕事に近い事を、生物学の世界で成し遂げたのではないか、と感じられるぐらいです。 しばらく、このレポートを続けたいと思いますので、何か感ずるところなどあればコメントなどよろしくお願いします。
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