情報と物質

  aidiaryさんの記事(コンピュータウイルスはパソコンを破壊できるか?)とそこでのコメントのやり取りがとても面白く、そこからアイデアが湧いてきたので記事を書きます。
  aidiaryさんの記事で面白かった問題提起はロボットなどでプログラムがなぜ物質であるロボットの身体を動かせるのか?というもの。私は「情報と物質」の関係をどう考えるのか、ということだと考えたのですが、私は情報は物質に影響を与えることができるし、物質は情報から影響を受けうる要因を持っているのだと思う。
  例えばビリヤードのことを考えてみよう(私はやったことがないんですが…)。名人が玉Aを打つとその玉Aは別の玉Bにぶつかって、Bはまるで意志のある生き物のように曲がったりぶつかったりしながら、隅っこの穴に落ちる。このときの玉Bの動きが何故生じたのだろうか?もちろんそこにはエネルギー保存側が働いていて玉Aの持っていた運動エネルギーが玉Bに移って玉Bはそのエネルギーの命ずるがままに動いたにすぎない。しかしそこにおいてやりとりされたエネルギーはただ単なるエネルギーではなく、ある情報を運んでいた。その情報はどこから来たかと言うとビリヤードの名人の頭の中の構想から来たものである。名人の頭の中の構想は名人の腕と手の動きを通して玉Aへ、さらに玉Bへ伝わっていった。つまりそのようにしてただ単にエネルギーの受け渡しだけではなく、情報の受け渡しもなされていたのだ。
  コンピュータのプログラムがロボットを動かすのもこれと同様ではないか。ロボットには動力源があって、それがロボットの身体を動かすエネルギー源だけれども、そのエネルギーの流れを制御しているのが、プログラムである。そのプログラムがどこから来たかと言えば、そのプログラムを作った人間の頭の中から出てきた訳ですが、その頭の中の情報がプログラムという形を取り、それがさらにロボットが元々持っているエネルギーの流れを制御(情報がロボットの持つエネルギーに伝えられた)した。つまりエネルギーが情報を運び、情報がエネルギーを制御した。
  このような観点で情報物理学という分野を立ち上げられないでしょうか?
by ykenko1 | 2005-08-03 23:07 | 物理学 | Comments(6)
Commented by bluesy-k at 2005-08-04 02:56 x
はじめましてbluesy-kと申します。

>ビリヤードとエネルギー保存
正しくは運動量保存ですね。エネルギーですと方向が分かりませんから。
情報と運動様式、これらは違う空間にあると思います。運動様式を見て人間が情報を精神内に生み出したただそれだけですよ。
>情報は物質に影響を与えることができるし、物質は情報から影響を受けうる要因を持っている
この部分には完全に同意しかねます。
素朴実在論における物理的実在の精神内における像として情報が存在するのです。

・・・というよりエネルギーや運動量はそれ自信、精神内で扱われる限り、情報だと思うのですが。人間が情報として想定しているエネルギー運動量を実際に粒子が担っているだろうと強く確信することによって物理学はこれまでやってきているわけです。

ただ、観測の限界というものをあらかじめ考慮した、人間を離れた真の実在に対する物理学ではなく、人間が知りうる情報の相関関係のみに目をつけた物理学という視点はありかもしれません。
Commented by ykenko1 at 2005-08-04 10:25
bluesy-kさん、コメントありがとうございます。いろいろなご指摘、勉強になります。
>情報と運動様式、これらは違う空間にあると思います。
これはおっしゃる通りだと思います。

>運動様式を見て人間が情報を精神内に生み出したただそれだけですよ。
それがこれまでの考え方だったのだとは思いますが、私としてはあのビリヤードの玉の生き物のような動きを単純な物理の方程式の中だけで記述してしまうことに、何か本質を見逃してしまっているようにも思うのです。もちろん物理的な記述で閉じた世界を形成していますし、それだけで矛盾もないでしょう。ですが、もっと別の見方もあるのではないかという気がしています。まだ妄想の範疇ですが。



Commented by ykenko1 at 2005-08-04 10:26
>>情報は物質に影響を与えることができるし、物質は情報から>>影響を受けうる要因を持っている
>この部分には完全に同意しかねます。素朴実在論における物理>的実在の精神内における像として情報が存在するのです。
ごもっともだと思います。大いなる飛躍があると思います。
しかし私としては真の実在が物質だけなのか?情報も元々この宇宙に備わっている実在の一つなのではないか、という気もしているのです。もしこの宇宙に単なる無機物だけ存在しているのならば、その説明でよいのでしょうが、しかし地球上に見られるような多様な生命系と知的存在のあり方を見た時に、それを単純に偶然の産物と見なすよりは、むしろ元々宇宙に隠された種(情報系)のようなものがあって、それが表に現れてきただけではないか、という気もするのです。

現在の脳科学では人間の意識そのものを完全な物質現象として説明できません。95%の脳科学者は物質現象だけで説明できると信じていますが、証明はされていません。ペンローズなどは重力量子理論が完成しないと意識現象は解明されないと言っていますが。
Commented by aidiary at 2005-08-04 21:43 x
こんにちは。私としてはトラックバックの方が好きです。自分のサイトに記録が残りますしね。上の話ですが、何か情報の意味と言うか定義によって考え方が変わるような気がします。たとえば運動量保存の法則が式で書き表せると言う時点で「情報」がすでに内在しているような気もします・・・難しくて頭がこんがらがってきました。もっといろいろこの分野の本を読んでみたいです。
Commented by ykenko1 at 2005-08-04 22:42
aidiaryさん、こんにちは。私としてもまだまだ混乱しているところもあると思うのですが、例えばペンローズは物質現象の不思議な点としてさまざまな現象が数式で表現されること自体、不思議なことだと指摘しています。物質の動きを深く追求していくと物質は残らずに数式だけが残るというような言い方をしています。まあ、今回の私の文脈とは別の文脈の話なんですが。
いずれにせよ物質と情報の関係がこれから注目されていくのではないか、というのが私の予想です。
Commented by aidiary at 2005-08-05 23:05 x
>>数式だけが残る
何か現実世界そのものがコンピュータシミュレーションみたいな話ですね


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