『情報・計算概念の拡張;物質・生物・人間・コンピューター』第11節

11節;情報と意味と二重構造

筆者が考える情報とは「パターンによる選択」であり、一種の作用である。そして情報の意味とは可能な集合の中から「選択された領域」である。そこにおいて重要なことは二重構造の設定である。情報の「脳モデル」において「内部における選択」(情報1)と「外部における選択」(情報2)の2種類の選択があると書いたが、二重構造の設定においても「内部における二重構造」と「外部における二重構造」を考える。内部における二重構造とは例えば言語モデルでは外部からのパターン(言葉)とそれを照合するための言語体系であり、脳モデルでは外部からのパターン(五官からの刺激)とそれを認識するためのニューロンネットワークであり、経験の蓄積である。一方外部における二重構造とは現実の世界とあり得る可能性としての因果の連鎖の集合(可能世界/可能因果)である。

これまで物質世界における情報とその意味を可能世界論との関係で考察してきたが、言語学・論理学の中には可能世界と言葉の意味が結びついた可能世界意味論がある170)言語学では言語表現の意味を内包と外延の2つの提示の仕方がある171)。例えば内包とは「中学3年生の男子」と言うような記述の仕方のことであり、外延ではそれによって指示される対象を具体的に列挙するような仕方、すなわち「ヤマダタケシ、イトウヒロシ、サトウノボル、、、、」などのような表現である。可能世界意味論においては言葉の表現そのものを内包として、その表現が成り立つ可能世界の集合を外延と考える172)可能世界論において命題の意味を考えると、ある命題Pが真であると主張することは、命題Pが真であるような全ての可能世界の集合を指し示すと捉える173)。命題は可能世界の集合を「それが真であるような可能世界」と「それ以外の可能世界」にカテゴリー分類する判定基準になっている174)。可能世界意味論では「命題P」の記述内容が内包であるとすれば、その外延は「命題Pが真であるような可能世界の集合」と考える。可能世界意味論にならい物質世界においては情報(情報2)とはシステムに対するパターンの入力に伴って、可能世界/可能因果の集合の中から部分集合が選択されることであり、その選択された部分集合がその情報の意味である。

情報の意味は独立した実在性を持たず、解釈の方法によるものだと言う考え方がある175)。例えばコンピュータの場合を考えよう。入力装置を通してあるパターンの入力があった時に最終的にそれは01からなる記号の配列となる。そして同じ01の配列であってもプログラムによってそれは画像と認識されたり、文字と認識されたりする176)。また人間の場合でも日本人が日本語を聞いた時に、経験と学習を通して学んだ日本語の知識によってそれを理解し、ある種の意味やイメージをもたらすが、フランスで生まれ育ったフランス人がそれを聞いた場合は何も意味やイメージをもたらさない。入力されたパターンを処理するプログラムを持たないからだ。しかし情報を処理するプログラムによって変化するとしても、「ある意味」や「選択される領域」は存在する。日本語を理解しないフランス人であっても音としての認識はあるし、そこから何らかの連想などもあるかも知れない。また言葉を発した人の表情や言葉の強弱などによってその感情が伝わるかもしれない。いずれにせよ何かが伝わるだろう。すなわち情報の意味とは入力されたパターンとその解釈項の双方によって生み出されるもの177)である。

これまで自然科学の世界で情報の意味の問題をうまく取り扱うことができなかったのは、二重構造をうまく捉えることができなかったためである。情報の意味とはそのシステムに対するパターンの入力により「二重構造の中で選択されたその領域のこと」を言う。それは内部世界や可能世界の全体集合の部分集合である。それは量的なものではなく、カテゴリカルなものである178)

二重構造の観点を踏まえてパターンと情報の関係を改めて整理すれば「情報とは二重構造を前提としたパターンによる選択」となる。

 

 

注釈と参考文献

170)『明解言語学辞典』(三省堂、2015p35;『可能世界の哲学』p48-57

171)『明解言語学辞典』p173;『可能世界の哲学』p56

172)『可能世界の哲学』p55-57

173)『可能世界の哲学』p50-51;『日常言語の論理学』p25;言語哲学の分野では「語」の意味と「文」の意味は異なるものとする考え方がある(野本和幸『意味と世界』(法政大学出版局、1997p1-3p17-19)。ここで「命題」の意味とは「文」の意味を問うことである。しかし本論文の枠組みの中では「語」の意味も「文」の意味も同一の捉え方の中で理解できるものと考える。

174)『日常言語の論理学』p25-26

175)“Knowledge and the flow of informationvii;『情報物理学の探究』p18-19;『宇宙をプログラムする宇宙』p40-44

176)『ビジュアル版コンピューター&テクノロジー解体新書』p16-17

177)『パースの記号学』p27;言語学の中にはモデル理論的意味論と呼ばれる考え方がある。ここで「モデル」とは解釈の一種で、言語と世界の結びつき方を示すルールのようなものである。そして意味を集合や関数といった集合論の概念だけを使って説明しようとするものである。(『日常言語の論理学』p78-79p137-143p176;野本和幸『数論・論理・意味論その原型と展開』(東京大学出版)p379-516)モデル理論的意味論のモデルは本論文における解釈項と同様である。

178)自然科学においては厳密性を追求した時にいかに量的に現象を記述できるかということを問題にすることが多い。しかし情報に関しては量としての側面もあるが、量的に表現できない側面がある。それが情報の意味である。“The mathematical theory of Information”KluwerAcademic Publishers2002)を書いたイアン・コーリは情報の尺度は「信頼性reliability」であり、それは量的なものではなく、質的なものであり、パターン分類であると書いている。そして「Hits before bits!」という印象的なフレーズを紹介している(p8-10)。Bitはよく知られているシャノンによって提唱された情報量を示すものだが、Hitは正しいパターン分類の尺度で信頼性を表現している。自然科学における重要な仕事は数値計算だけではなく、パターン分類も同様に重要である。

 


by ykenko1 | 2020-10-08 19:15 | 情報論 | Comments(0)


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