がんばれ!日本人研究者(9);松本元パート2

  多少、前回の繰り返しになるが、脳の研究者は脳が既に獲得したアルゴリズムについて研究する場合が多い。しかし、松本氏はそれ以上に重要なことは、脳がもっているアルゴリズムを獲得するためのアルゴリズムの研究である、と指摘している。そのために「脳を創る」研究を手がけた。
  これまで神経科学者が考えてきた脳に関するモデルとしては「感覚器官を通した情報の入力」→「脳による情報処理」→「運動器官を通した出力」というものがある。それは基本的には環境からの刺激(Stimulation)に対して何らかの反応(Response)がある、という単細胞生物にも成り立つようなSR理論の延長線上の考え方であった。また別の見方からすれば、これは従来のコンピュータ型の情報処理過程にも似ている。つまり「情報の入力」→「あらかじめ定められたアルゴリズムの基づいた情報の処理」→「情報の出力」という過程である。
  しかし松本氏の考え方はこれとは違っていた。脳は学習によって自らの内部世界を作り、そこにまずさまざまな問題に対する答えのテーブルを作る。入力情報はそのテーブルの中の答えを検索するための検索情報に過ぎない。そして脳からのすべての出力はあらかじめ用意した答えの中から選ばれ、言動などの出力となる。
  例えて言えば、脳とは様々な計算をしてくれるアプリケーション・ソフトというよりも、すでにいくつもの答えが用意されている中から選び出してくるインターネットの検索エンジン(googleなど)に近い働きをしているということだ。
  脳の中に過去の学習によって用意されている答えとは「仮説」として考えられる。いくつかの「仮説」の中からあるものを選び、出力する(言動に移す)。そしてその「仮説」がふさわしいものであれば、その「仮説」は強化され採用されることが増える。彼はこのような脳の戦略のことを「仮説立証主義」と呼んでいる。
  彼はコンピュータと脳の情報処理の違いを「固い情報処理」と「柔らかい情報処理」という言い方もしている。「コンピュータが出力するためには、必ずそのためのプログラムがあらかじめ備わっていなくてはならないのに対し、脳ではプログラムがなくても出力し、その結果プログラムが形成あるいは変更される。」「入力情報から出力をする必要性を強く受け取ると、脳は適当な答えがなくても何らかの答えを出して対応することで成長するのである。」(=出力依存型学習)「コンピュータは情報に対応するのではなく反応するのにすぎない」
  また社会の危機管理システムについてもこの「固い情報処理」と「柔らかい情報処理」の視点から鋭い指摘をしている。現代の日本のようにマニュアル化された社会が完璧に機能するためにはマニュアルが完璧なものでなければならないが、実際には完璧なマニュアルなどありえない。必ず不測の事態が発生する。固い情報処理システムは何かの事件が起こってからはじめてそれに対するプログラム(マニュアル)を作る。しかし柔らかい情報処理システムは未来が予測できない不確実な状況のなかでも過去のわずかな経験にもとづいて仮説を立てて被害を最小限に食い止めるような対応をする。

参考書;
   『愛は脳を活性化する』松本元著(岩波書店)
   『Clinical neuroscience;特集脳とコンピュータ』1998、Vol 16、No11
       ー「脳とコンピュータの比較」松本元(p14〜18)ー
by ykenko1 | 2004-08-08 20:12 | 日本人研究者 | Comments(3)
Commented by homeandhome at 2004-08-08 21:11
こんばんは。面白い考え方ですね。、危機に際したとき、人生が走馬燈のように思い出されるという話がありますが、危機対策として脳が検索をかけているとすると、こういう状況が起こるのも納得できますよね。人間の脳は、本当に不思議な存在ですね。
Commented by ykenko1 at 2004-08-08 22:30
そうなんですよ。私もとっても面白いと思います。ある経営コンサルタントの人が書いている言葉に「仮説がなければ、未来を予測できない」というのがあるのですが、まったくその通りだと思うのです。未来を予測するというのはただ情報を沢山あつめればできることではなく、それにプラスして何らかの仮説を立てなければ予測はできない、ということだと思います。そして人間の脳というのは賢いことにそのような戦略を採用しているようです。
Commented by 蒼衣 at 2004-08-10 22:33 x
初めましてです。

人も、脳の働きのように「柔らかい情報処理」の姿勢を持っている人のほうが、
「固い情報処理」の姿勢を持っている人より、柔軟性があってとっつきやすく、
物事の理解やこなし方も早く、できる人、という印象を受けます。

やっぱり、「柔らかい情報処理」は自分にもともと備わっている、
基本的な能力だからなんでしょうか。
それに準じて行動したほうが、スムーズなのかな。
Commented by ykenko1 at 2004-08-11 07:30
蒼衣さん、はじめまして。コメントありがとうございます。
「柔らかい情報処理」は脳が取っている戦略ではありますが、人間の行動のこととなるとこれはそれぞれの性格という面もあると思います。かく言う私も性格的には固い方で「固い情報処理」的行動が多いように思います。仕事柄というのもあると思いますが…。
  ただ社会全体がもっと松本氏が主張するような「柔らかい情報処理」の意義を知って、社会のシステムの中に積極的に取り込んでいかないといけないと思います。


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