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痴呆患者さんへの非薬物療法(追加)

痴呆患者さんへの非薬物療法について、念のために追加しておくと、評価が困難のためにエビデンスがないことがそのままイコール、効果がないということではない。
by ykenko1 | 2006-07-31 15:08 | 認知症関連 | Comments(2)

痴呆患者さんへの非薬物療法

痴呆患者さんへの非薬物療法(心理社会的介入)には現在の所、あきらかなエビデンスがない。しかし、心理社会的介入の場合、介入する者の技能や介入者と介入対象者の相性やグループワークではグループ内での人間関係など、統制できない部分が大きく、正しく客観的な評価できないことが原因でもある。薬物療法の評価のようにはいかないのだ。
by ykenko1 | 2006-07-31 09:01 | 認知症関連 | Comments(0)

前頭側頭型痴呆(FTD); SPECT所見と症状

“Variations in regional SPECT hypoperfusion and clinical features in frontotemporal dementia”

McMurtray AM, Chen AK, Shapira JS, Chow TW, Mishkin F, Miller BL, Mendez MF.

Department of Neurology, University of California, Los Angeles, CA, USA.

Neurology. 2006 Feb 28; 66(4):517-22.

Neurologyの前頭側頭型痴呆(FTD)のSPECTの所見と症状に関する論文。全般的に右前頭葉に血流低下を認めるケースが多かった。前頭葉の障害は明らかな意欲低下と関連し、側頭葉の障害は軽そう状態と関連した。更に右前頭葉の血流低下は、洞察の欠如・環境依存性・型にはまった行動を予測した。左前頭葉の障害は個人的な衛生観念の低下と関連し、左側頭葉の障害は衝動性と固執傾向と関連した。
by ykenko1 | 2006-07-28 15:57 | 認知症関連 | Comments(0)

脳に親和性のある学習法

脳に親和性のある学習法があると思う。脳に親和性のある学習法をすれば比較的容易に物事を身に付けられる。逆に親和性のない方法を取れば、無駄な努力をすることになる。最近、私が脳に親和性があると感じているツールを紹介すると…。

マインド・マップ;中心となるテーマを真ん中に置いて、それに関連する情報を放射線状につなげて行くもの。ニューロンのネットワークに似せている。絵や配置にリズムを持たせることにより記憶に残りやすくなる。従来のノートが時間的で直線的、左脳的だとすれば、マインド・マップは空間的で円形的、右脳的。トニー・ブザン氏が開発した。

フランクリン・プランナー;『七つの習慣』で有名なスティーブン・コビー氏が開発したスケジューリングの手帳。時間の使い方を緊急度と重要性の二つの軸で分類し、自分自身が人生において価値があると思われることを明確化し、それに基づいた目標設定とその後に週間計画と日々の計画をするようになっている。これまでのビジネス手帳と違い、ビジネスとプライベート、さらには人生設計までも含めた管理ができるのが特徴。

リチャード・ワーマン氏の『情報選択の時代』(原題"Information Anxiety");情報に溢れた現代においての情報不安症に対する処方箋であり、迷子にならないための良き地図である。印象に残った言葉をいくつかピックアップしてみると;
「すべてを知る必要はない。それを見つける方法を知るだけでよい。」
「体系化がすなわち理解ではない。…不安症に効く抗不安剤『アクセス』…質問を発した時にアクセスが始まる。…興味でつないだ道筋は最前のアクセスをもたらす。…発する問いが多い程、多くを学ぶ。
「どこか新しい世界にたどり着くにも、まずはいまの自分の場所から出発しなくてはならない。…まずは自分の知っていることから始めて、問いかけてみよう。」
すべての情報が解釈であることを認めよう。そうすれば束縛を解かれ、物事を自分に役立つように理解できる。」
「マニュアルを解説などできない。しかし、最高に複雑な内容でも、自由に質問でき、話し合えるなら、理解は可能となる。」
学習とは何がおもしろいかに気付くこと…学習とは情報の獲得とみなすことができるが、獲得をはじめる前に、まず興味がなくてはならない。…知識を新しく獲得したり思い出したりするには、どうにかして自分の興味をかきたてなくてはならない。
「情報を組織化する方法はそんなにあるわけではない。以下の五つだけである。カテゴリー(言葉の意味)・時間・位置(空間)・アルファベット(言葉の表現形式)・連続量(数量)
関心があるものだけにこだわれ。
by ykenko1 | 2006-07-26 11:26 | 自己学習 | Comments(3)

『心が脳を変える』を読んで

『心が脳を変える』ジェフリー・M・シュウォーツを読んだ。真っ向から心脳二元論の立場に立って、心が脳を変える力を持つという主張は過激だが、いろいろと勉強になった。大脳皮質のダイナミックな再構成についての最近の研究に付いてよくまとまっていて、目から鱗であった。痴呆の方々への応用は可能であろうか、考えてみたい。

心脳問題の根底のメカニズムについて量子力学を持ち出しているが、一番の問題点は量子力学はあくまでもミクロの領域の話なので、それが脳というマクロの領域でいかに作用するかという部分。シュウォーツは量子力学者のヘンリー・スタップと共に神経伝達物質放出の引き金となるカルシウムイオンのチャンネルに注目している。カルシウム・チャンネルは1ナノメートル未満と微細な領域なので量子力学の法則が適応されると言う。

それにしても量子力学が何を意味しているかについては未だに、決着にはほど遠いようだ。連続して観測を行うことによって、対象となる粒子の状態が固定化されるという量子のゼノン効果(見ているヤカンは沸かない)というのは初めて知った。何でこんなことが起きるのやら。

自由意志に関する実験で有名なベンジャミン・リベットが自由意志否定派だと思ったら、擁護派だというのは意外だった。彼の実験では手を動かそうとする550msec前に準備電位が発生し、運動の100〜200msec前に行動しようとする決断が意識される。つまり準備電位から350msecほど遅れる。これまでの一般的な解釈は自由意志と言うのは存在しなくて、ある意識が生じる前に神経活動が発生しており、自由意志と見えるのは単なる神経活動の発火現象の後追いの現象に過ぎないと言うものであった。しかしリベット自身はそうではなくて、むしろこの遅れて意識されるのは運動をそのまま進行させるか、とどめるかの介入のための自由意志なのだと考えているようだ。
by ykenko1 | 2006-07-24 13:30 | 脳科学 | Comments(0)

神経心理学について

神経心理学という学問の分野がある。簡単に言えば脳と心理現象の対応について調べる学問だ。元来は脳に障害を持った人の障害部位とその方の症状を付き合わせて見て、脳のこの部分はこういう機能があるのではないか、と推測するところから始まったもの。ブローカという医者が生前「tan、tan」としか言えなかった患者の脳を解剖して左の前頭葉のある部分が脳血管障害でやられていることからその部位を言語と関係があるのではないか、と言ったのが一番最初と言われている。最近は脳の画像医学、特にPETやfunctional MRIと言った、機能画像が発達して来たため、それらのツールを用いた研究が主になってきている。

ところが最近、神経内科の中では神経心理学という言葉を廃止した方が良いという人々がいる。いわゆる心理学という学問分野を低く見ていて、あんなものは科学ではない、心理学なんていう言葉を使うな、行動神経学とか認知神経学、と呼べ、と言うのである。心理学の中にも行動心理学と認知心理学がある。行動心理学は人間の心理現象はその対象となる人の言動を客観的に調べる事ですべて理解することができ、それこそが科学的なやりかたなのだという行動主義の考え方に基づいている。行動主義では内省的に自分の心を振り返るなどという方法論は科学ではないとして退ける。心なき心理学などという言われ方もする。一方、認知心理学は情報理論に基づいて心理現象を解明する手法を取っている。先程の行動神経学や認知神経学という言葉は行動心理学や認知心理学の流れを組んでいて、それと神経科学を組み合わせるというものだ。

あるノーベル賞を受賞した神経科学者は言う、「脳のことがこれだけ分かってきたのだから、心などという幼稚な言葉は廃止すべきだ。」「それは宇宙飛行士にとっての『空』という言葉のようなものだ」。つまり脳が分かれば心のすべてが分かる、と言う訳だ。神経内科の分野でも同様の考えが多くを支配しているようだ。

しかし私は心理現象の解明のために内省的方法論は欠かせないものだと思っている。たしかにそれはいわゆる科学の方法論の舞台の上にのぼりにくいものだとは思う。なぜなら定量化することができないからである。しかし内省的な方法によって知ったものは事実である事は間違いない。ある見方からすれば外側にある物質世界よりも私たちは自分の心と密接に結びつき、それを体験している。(ラディカルな神経科学の立場からすればそれはニューロンの発火現象に過ぎず、幻想にすぎない)また心理現象と脳の中の物理化学的現象には対応関係はあってもすべてを物理化学的現象に還元することは不可能だ。少なくとも私にはそう感じられる。物理化学的現象には心理現象のような深みに欠けるからだ。内省的方法論を大切にしつつ、脳と心理現象の関係を研究していくという意味で私は神経心理学という言葉を残したいと思う。

最近、モギケン(茂木健一郎)さんの2006.7.15のクオリア日記の中で以下のような言葉があり、共感した。

「最近解説を書かせていただいた
河合隼雄先生の『縦糸横糸』(新潮文庫、近刊)
の中にこんな素敵な文章があった。

  さて、その深層心理学であるが、これを創始したフロイトにしても、ユングにしても、最初は自分の心の病を治そうとして、自ら自分の心を分析して成功した(中略)つまり、学問として、できる限り一般的、体系的にまとめあげているが、最初の出発点は、ある人間が自分自身のことをよく理解しようとしてはじめたことである。(中略)深層心理学は他人のことをとやかく言うためではなく、自分を知るために、時がそれがいかに苦痛であっても、役立ててゆくためにできてきたものである。

 自分のことは棚上げして
他人のことばかりあげつらう言説がメディアの
中で目立つ昨今、河合さんの上の文章を
服用して魂の清涼剤としたい。」

モギケンさんは脳科学者だけれどもバランスが取れた人なのだと思う。
by ykenko1 | 2006-07-21 08:18 | 医学・医療 | Comments(2)

アットホームな病棟

長期入院の方が多いので病棟をアットホームな雰囲気にしたいのだが、植物や飾り等を置いておくと食べてしまう患者さんが多いので、それがネックになってしまう。誰か安全かつアットホームな雰囲気にする知恵はないだろうか?
by ykenko1 | 2006-07-18 11:11 | 認知症関連 | Comments(3)

エピソード記憶とその脳内の表現パターン

ベイトソンは「情報とは差異の知らせである」と言った。つまり情報の本質は差異であるという事。(以前にも書きましたが)それではその差異が脳内でどのように表現されているかというとニューロンネットワークのパターンとしてなされている。そしてそれがどのように構造化されているかということについてはまだまだ分からないことが多い。

記憶には陳述記憶と非陳述記憶があって、陳述記憶の中にはエピソード記憶と意味記憶がある。エピソード記憶は人間がさまざまな体験をするがその体験そのものの記憶である。それには時間や場所の情報が伴い、一度限りの記憶である。一方、意味記憶は例えば言葉の意味や様々な概念などに関する記憶で、何度も繰り返されていくうちに抽出されてくるもので、時間や場所の情報を伴わないものである。

さて意味記憶については脳内のニューロンネットワークのパターンとしてその痕跡が残るというのは分かりやすい話だ。(大きく見れば主に側頭葉を中心に情報が蓄積されると言われている。)しかしエピソード記憶についてはどうか?人間が一生の間に経験する内容は無限であり、しかもある一瞬に限ってみてもその時々の情報量はかなり多い。シナプスの数は百兆のオーダーと言われているが、その組み合わせだけで間に合うのか。またそれがどのように秩序立てて構造化されているのか?まだまだ謎が多い。(大きくは海馬が関与しつつ最終的には大脳皮質全体に記憶が蓄積されると言われている。)
by ykenko1 | 2006-07-16 12:11 | 脳科学 | Comments(8)

心理士の勉強会

時々心理士の勉強会に参加させてもらうことがあるが、心理士の方々が人の心を理解しようとする熱心な姿勢とその繊細な気配りにいつも感動させられる。
by ykenko1 | 2006-07-16 11:54 | 心理学・精神医学 | Comments(0)

人間の尊厳性

入院しているある患者さん(妄想の強いアルツハイマー病の方)に聞かれた。「先生、人間の尊厳性について教えてください。」そんなこと言われてもなー。私には分かりませんっ!
by ykenko1 | 2006-07-14 18:59 | 認知症関連 | Comments(0)